東京高裁は3月4日、世界平和統一家庭連合(家庭連合)の解散命令に対する即時抗告を棄却した。これによって清算人が選任され、家庭連合は清算法人に移行した。このため、家庭連合の信者の宗教行為が著しく抑圧されている。
清算法人は清算以外の業務ができない。家庭連合職員は牧師を含めて清算法人の職員となるため、宗教行事ができなくなった。例えば、礼拝を司(つかさど)り、説教をするなどである。
信者は家庭連合の建物に立ち入ることができなくなった。令和7年10月に文部科学省が決定した、指定宗教法人の清算に係る指針には、「清算事務に支障のない範囲で、その必要性の程度等も考慮して信者らに施設の利用を許諾する等、現に存在する宗教団体の信者らの信教の自由に配慮をする」と記載されているが、清算人にそのような配慮があるとは到底感じられない。
今回の解散劇を見ると、はっきりとした目的があることが分かる。すなわち、家庭連合を壊滅させることが最初から決まっていたことである。
問題があるのであれば、行政は法人に是正勧告を行うべきである。会社法や一般社団法人法には、そのような規定がある。しかし、宗教法人法にはなく、行政はいきなり解散請求を申し立てることができる。宗教法人の解散は精神の自由に係ることであるから、最も制約的であるべきであるが、会社などより解散しやすいということであり、これは法律上の不整合である。
文科省はこの不整合を悪用した。宗教法人法の解散規定には非訟事件手続によると定められているが、これも活用して解散命令を請求した。高裁決定と同時に清算人が全国300近くの教会全てに乗り込んできたことを考えれば、予(あらかじ)め解散の方針は決定しており、国家が周到な準備を進めていたと見ざるを得ない。
高裁決定には多くの問題点があるが、東京地裁決定よりもさらに民主主義を後退させる問題を二つ取り上げたい。
一つは教義に踏み込んでいることである。現在、教団は一切献金などの強制を行っていない。しかし高裁決定では、教団は教祖による過去の発言など、献金を強制する教義に基づいて運営されているから、献金を自制するような指導は期待できないとしている。教義を理由に解散させるならば、思想を理由に法人や個人の自由を抑圧できる。これは近代民主主義の針を100年以上巻き戻すことになる。
もう一つは、教団を解散させるのは不法行為を防止するためだと書いてあることである。裁判所が最も苦慮したのは、現在何も問題を起こしていない教団を、どういう理屈で解散させるかということであった。コンプライアンス宣言以降、教団は劇的に改善していて、高裁は解散させるほどの悪質性を証明できない。
文科省は最近の事例として元信者らの陳述書を提出したが、他の宗教団体の信者のものが交ざっている等捏造(ねつぞう)が指摘され、それを証拠とすることもできない。苦肉の策として編み出したのが「抗告人の解散を命ずる必要性があるといえるのは、既に発生した被害の回復を図るためではなく、抗告人の信者らが今後再び不相当献金勧誘行為を行うことを防止するためである」というものであった。
宗教法人の解散は、権利義務主体を消滅させるわけだから、自然人に置き換えれば死刑に相当する。ある人に前科があったとしても、現在何も問題がないのであれば、過去の犯罪をもって死刑にするだろうか。今回の高裁決定は、民主主義の根本を否定する、とんでもないものだと言わざるを得ない。






