トップオピニオンインタビュー反日レイシズムの歴史本に反論 水際の抗議で国益守る 「史実を世界に発信する会」会長 茂木弘道氏 【世日クラブ講演要旨】

反日レイシズムの歴史本に反論 水際の抗議で国益守る 「史実を世界に発信する会」会長 茂木弘道氏 【世日クラブ講演要旨】

もてき・ひろみち 1941 年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。富士電機、 国際羊毛事務局勤務を経て、90 年(株)世界出版を設立。「史実を世界に発信する会」会長。著書に『反日レイシズムの狂気』(ハート出版)、『大東亜戦争 日本は「勝利の方程式」を持っていた!』(同)、『小学校に英語は必要ない。』(講談社)、『戦争を仕掛けた中国になぜ謝らなければならないのだ!』(自由社)。訳書に『「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか』(ジェームス・ウッド著)(WAC)など。
もてき・ひろみち 1941 年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。富士電機、 国際羊毛事務局勤務を経て、90 年(株)世界出版を設立。「史実を世界に発信する会」会長。著書に『反日レイシズムの狂気』(ハート出版)、『大東亜戦争 日本は「勝利の方程式」を持っていた!』(同)、『小学校に英語は必要ない。』(講談社)、『戦争を仕掛けた中国になぜ謝らなければならないのだ!』(自由社)。訳書に『「太平洋戦争」は無謀な戦争だったのか』(ジェームス・ウッド著)(WAC)など。

 世界日報の読者でつくる「世日クラブ」の定期講演会が18日、オンラインで開かれ、「史実を世界に発信する会」の茂木弘道会長が「『ジャパンズ・ホロコースト』の正体を暴く」と題して講演した。茂木氏は「ブライアン・リッグ著『ジャパンズ・ホロコースト』は単なる歴史の誤認ではなく、日本に対する無知、偏見、蔑視、差別意識に凝り固まった狂気としか言いようのないレイシズムに根差している」と指摘し、「国益を守るために水際で徹底的に抗議していかなければならない」と強調した。以下は講演要旨。(敬称略)

 2024年3月に米国で出版され、国内外で物議を醸した『ジャパンズ・ホロコースト』は、日本が先の大戦でナチスを大きく上回る3千万人を虐殺したという、とんでもない内容を主張する。虐殺とは戦争における兵ではなく、武装していない民間人を殺害することを指す。注意しなければならないのは、著者が英ケンブリッジ大学で博士号を取得し、米軍士官学校で歴史を講義した経験があるという肩書きと、本の文中に1564個の注釈があることから、さも根拠のある学問的な本かのように装っている点だ。

 3千万虐殺という空論が生まれる背景には、リッグの歪(ゆが)んだ日本人観がある。リッグは、日本人を「自分たちが神々の直系の子孫であるという極端なエゴイズムから最もグロテスクな残虐行為を喜んで行う国民」と定義している。しかし、歴史はこれを完全に否定する。

 まず、1919(大正8)年2月13日、パリ講和会議で日本が世界で初めて人種差別撤廃提案を行った。さらに、大東亜戦争中の43(昭和18)年11月6日に開催された大東亜会議でも、アジア独立7カ国の代表が採択した共同宣言第5項に「人種差別撤廃」を明記した。これは、劣等民族を絶滅させようとした国が取る行動とは真逆である。

 また、1900(明治33)年の北清事変(義和団の乱)で、柴五郎中佐率いる日本軍の守備兵が8カ国連合軍守備隊とともに北京籠城した際、居留民保護のために目覚ましい働きをした。救援が到達し籠城軍を解放した際、イギリス公使が、「北京籠城の功績の半ばは特に勇敢な日本将兵に帰すべきもの」と称賛している。

 その後、8カ国が分担した北京の戦後の治安維持においても、日本担当地区が最も治安が良かったため、他地区の住民が移住してきた。この事実は、日本軍が「グロテスクな残虐行為を喜んで行う」というリッグの主張とは正反対であることを証明している。

 リッグが主張する3千万虐殺の内訳は、中国2千万、インドネシア400万、ベトナム200万、ベンガル飢饉(ききん)150万など。しかし、その根拠は全くのデタラメであり、中国共産党が発表する誇大数字、あるいは捏造(ねつぞう)された情報に基づいている。

 まず、インドネシア400万虐殺説について反論する。1942(昭和17)年3月1日、日本軍5万5千はジャワ島に上陸し、オランダ軍を中心とした英・豪・米との連合軍8万1千を相手に、わずか1週間で全軍降伏させるという奇跡的な勝利を収めている。

 リッグは同書の至る箇所で「日本軍は進撃中に町を破壊し、住民虐殺を行い、強姦を行った」と書いているが、そんな行為を行う軍隊が強いはずがないという基本的な知識もリッグは持ち合わせていない。日本軍が軍規厳正であり、インドネシア国民の協力が得られたからこそ短期間での勝利が可能になった。

 その根拠を裏付ける一例として、初代インドネシア軍最高司令官としてインドネシア独立戦争を率いたスディルマン将軍の銅像が、戦後の2011年にインドネシアから日本の防衛省に贈られていたことが挙げられる。スディルマン将軍は、かつて日本軍が設置したインドネシア郷土防衛義勇軍(PETA)出身であった。自国民が400万人も殺された国が、虐殺をしたという国へこのような敬意を払うはずがない。

 次に、中国における2千万虐殺の虚説について、リッグは「1937年7月から38年3月の間、日本軍は上海から南京にかけて言語に絶する暴力の波を放った」と書いている。そもそも上海戦が中国側から仕掛けた全面攻撃から始まったことは、当時反日的だった米紙ニューヨーク・タイムズも認めている。

 同紙37年8月31日号で「日本軍は上海で戦闘の繰り返しを望んでおらず、我慢と忍耐力を示し、事態の悪化を防ぐためにできる限りのことをした。だが日本軍は中国軍によって文字通り衝突へと無理やり追い込まれてしまったのである」と報じている。

 日本が中国侵略をしようとしていなかった証拠もある。南京占領後に日本が出した和平提案を見ると、「支那は容共抗日満政策を放棄し日満両国の防共政策に協力すること」などと書いてあるが、この記録を見れば日本が中国に対して、一片の領土要求もしていないことは明らかだ。

 加えて南京事件については、当時の南京安全地帯国際委員会の記録が虐殺を否定している。南京市の人口は、日本軍入城時(12月)も翌月(1月)も20万~25万で推移している。もし30万人の虐殺があったなら人口が激減したはずだ。国際委員会の記録が把握した殺人件数も少なく、集団虐殺はなかった。

 「虐殺の証拠」とされる写真も、中国国民党の国際宣伝組織が制作した偽写真と判明している。一方、日本軍入城後、南京に入った日本の新聞記者やカメラマンが撮った「平和甦る南京」の写真特集には、兵士が街頭で買い物や理髪をしている日常の光景がある。これこそが真の証拠写真である。

 中国側の発表した犠牲者数は極めて誇大であることにも注意を払わなければならない。蒋介石の国民党政府が戦後に発表した市民死者439万人という数字すら、蒋介石の命令により堤防を決壊させた黄河決壊作戦の自国民殺害100万が含まれ、純粋な対日戦死傷者は大幅に少なくなる。

 さらに共産党政権では、国民党の439万人を無視し、戦後から数十年経(た)った85年に2千万、95年に3500万と政治的意図をもって数字を膨らませた。リッグの2千万という数字は、この信憑(しんぴょう)性の低い共産党政権の発表に依存している。

 リッグは原爆投下についてもお粗末な論を展開している。「多くの人が原爆投下は必要だったのか、と問うている。25年間この問題を研究してきた私は、この原爆がなければ、45年11月の日本侵攻はおそらく成功し、何百万もの犠牲者を出していただろうと思う」。反人類思想で原爆投下を公然と正当化する極めて悪質な本だ。

 以上の内容は4月に刊行した同書の反論本『反日レイシズムの狂気』に詳しく書いており、現在、英訳作業を進めている。

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