トップオピニオンインタビューネパールに防災協力 愛媛大学名誉教授 矢田部龍一氏に聞く【持論時論】

ネパールに防災協力 愛媛大学名誉教授 矢田部龍一氏に聞く【持論時論】

ネパール政府が「ルンビニ訪問年」と定めた2012年、当時、愛媛大学副学長だった矢田部龍一名誉教授は、同国における長年の防災活動が評価され、「ルンビニ訪問年2012」名誉親善大使に任命された。インドとの国境に近いルンビニは釈迦(しゃか)の生誕地で、世界文化遺産に選定されている。15年のネパール大地震に際しては調査チームの代表を務め、報告書の取りまとめやネパール政府との打ち合わせに当たった。矢田部名誉教授に長年にわたるネパール支援の歴史を聞いた。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
やたべ・りゅういち 専攻は地盤防災工学。京都大学大学院修士課程土木工学専攻修了。愛媛大学工学部助教授だった1993年、JICA(国際協力機構)の派遣でネパールに4カ月間滞在し、同国政府に地滑り対策など提言した。98年からネパールの留学生を受け入れ、10人以上が学び、留学生第1号は同大教授になっている。愛媛大防災情報研究センター長時代には学生防災士の養成に努めるなど、松山市など自治体と共同で地域の防災教育を進めている。
やたべ・りゅういち 専攻は地盤防災工学。京都大学大学院修士課程土木工学専攻修了。愛媛大学工学部助教授だった1993年、JICA(国際協力機構)の派遣でネパールに4カ月間滞在し、同国政府に地滑り対策など提言した。98年からネパールの留学生を受け入れ、10人以上が学び、留学生第1号は同大教授になっている。愛媛大防災情報研究センター長時代には学生防災士の養成に努めるなど、松山市など自治体と共同で地域の防災教育を進めている。

――ネパールとの関わりは。

1993年にJICA(国際協力機構)の短期専門家として4カ月間、カトマンズにある、ヒンドゥークシ・ヒマラヤ水系の8カ国の開発と持続的発展を研究するユネスコの研究機関に派遣されたのが始まりです。

研究機関がカトマンズに置かれているのは、同市が政治的、宗教的に中立だからで、この地域の国々はインドと中国、インドとパキスタンのように、歴史的に多くの対立を抱えています。その中で、ネパールが緩衝剤の役割を果たしているので、小国ですがネパールはアジアの中核になり得ると思います。

――どんな仕事をしたのですか。

私が担当したのは、研究機関に地滑り防災の部門をつくるための基礎調査で、滞在中に豪雨災害が起こり、洪水と地滑りで1500人が亡くなりました。そこで調査してみると、人々に防災知識がほとんどなかったのです。ハードの対策も遅れていますが、知識のないことが致命的だったので、同国の発展には国民的な防災教育が必要だと考えました。

――それが留学生の受け入れにつながったのですね。

それから10年にわたり、愛媛大学にネパールの留学生を受け入れ、博士号を取得し帰国した彼らと協力しながら防災調査、防災教育を進めたのです。2001年には約50人の専門家チームでネパールを調査し、03年からは科学研究費で本格的な研究を始めました。11年までに10回を超える国際シンポジウムを開き、ヒマラヤ地域の地滑り研究の学会(Himalayan Landslide Society)を立ち上げ、ヒマラヤ環境保全のNGOもつくりました。

11年5月、ネパール政府文部省と愛媛大学との間で、防災教育の覚書が交わされ、10月11日には、ネパールの発展と観光に関する国際フォーラムを愛媛大学で開催し、マダブ・クマール・ネパール元首相とガンガラル・トゥラダル前文相が参加しました。これらにより、学校のカリキュラムとして防災教育を行う仕組みづくりを進めてきました。

――議会へも働き掛けたのですね。

国会議員への情報発信が大事だと思い、議員に向けた講演会を3回行いました。そこで訴えたのは、ルンビニで誕生した釈迦が興した仏教が、アジアの精神文化の基軸になっているので、ネパールはもう一度、アジアの精神文化の中心になるべきだということです。

というのは当時、同国の議会は、マオイスト、コングレス党、共産党UMLの主要3政党が拮抗(きっこう)して意思統一が難しく、国の発展の障害になっていたからです。中庸の思想、平和の思想の仏教を生んだネパールは、対立と闘争ではなく、和解と融合のトップランナーになり、新しい国造りをすべきだと訴え、議員たちの共感を得ました。それがきっかけで、ルンビニ訪問年の名誉大使に任命されることになったのです。

――土木工学の専門家なのに仏教の話をしたのは。

調査研究でアジア各地を訪れ、各国の精神文化の根底に仏教があることを実感したからです。タイやミャンマー、スリランカなどの仏教国は当然ですが、イスラム教のインドネシアやアフガニスタン、中国などにも仏教寺院があり、仏教を信仰する多くの人々に出会いました。

私は、防災教育には人が人を助けるという道徳教育が中心になると考えていますので、アジアの精神文化の根底に流れている仏教に注目するようになったのです。ネパールへの防災協力は、日本の発展を精神の面で支えた、仏教の源流の国への恩返しでもあります。

――ネパールのフィールドワークでは文化人類学の川喜田二郎氏が有名で、1964年に日本ネパール協会を設立しています。

研究者にとってネパールは自然や災害調査のフィールドとして最高です。先進国では災害が起きてもすぐにきれいに戻されますが、ネパールではそのまま残されているので、例えば、地滑りのデータを継続的に取ることができます。自然界では、動植物の新種がまだ発見されていて、少数民族や言語、宗教などが対象の文化人類学では研究の宝庫とも言えます。

――国民性はどうですか。

優しくて親日的なので、日本人が入りやすいですね。生活は豊かではありませんが、自然に恵まれていて食生活には困りません。国際比較すると貧困国ですが、心が貧困ではないのは、国民の幸福感が高いブータンと同じです。大家族制が残っていて、大きな家に3世代だけでなく、兄弟の家族も一緒に住んでいる家庭もあります。

<<世界文化遺産のカトマンズの宗教施設>>(矢田部教授提供)
<<世界文化遺産のカトマンズの宗教施設>>(矢田部教授提供)

――中国の影響が懸念されます。

最近、中国がルンビニの整備に莫大(ばくだい)な援助を申し出ています。チベット自治区のラサまで来ている青蔵鉄道を、カトマンズ経由でルンビニまで延長し、バイラワ空港を拡張して巡礼客を10倍にする計画を提案しているのです。

経済力を武器にした中国の膨張政策の一環で、今のところネパール政府は応じていませんが、油断はできません。

中印に挟まれ、政治的意味が大きいネパールと友好関係を深めることは、アジアの平和を守る日本にとっても重要です。

【メモ】防災の話をしながら、自然に道徳的要素が入ってくるのが矢田部氏の特徴で、意外と説得力がある。最後は一人ひとりがどう行動するかに成否が懸かっているからだろう。ネパールからの留学生に河川敷の掃除をさせたところ、上流階層の子弟たちなので、初めての経験に感動していたという。カーストの解消を目指した仏教は、東漸した果ての日本でその夢を実現させた。人としての生き方をアジアの国々に恩返しする役割も日本にはある。

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