備蓄米の放出にもかかわらず米価高が続いている背景には、高齢化に伴う米の生産農家と耕作面積の減少がある。撤退する農家に代わり米生産を引き受けているのが大規模農家で、組合方式の集落営農もその一つ。香川県さぬき市で30㌶の農地を持つ農事組合法人の多田則明代表理事に、その成り立ちと現状を聞いた。（聞き手＝池永達夫）
――今の農産物は。
生食米（コシヒカリ、あきさかり、ヒノヒカリ）が26㌶、学校給食のパン用小麦が16㌶です。昨年、もみ乾燥・もみすり設備一式を導入したので、米は生食に特化し、飼料米はやめ、酒米は種子だけにしました。米価高もあって昨年の売り上げは約４千万円になり、日本政策金融公庫からの融資２千万円の返済も順調で、８００万円の65馬力トラクターも導入しました。
――ＪＡのカントリーエレベーターへの出荷は。
小麦と酒米だけで、生食米は全部自前で乾燥し、玄米を卸売業者に販売しています。前年度までは全量カントリーに出荷していたのですが、私が代表理事になった３年前、経営診断をしてもらったところ、３年で赤字になると言われ、経費削減と収入増を検討した結果、それしかないとの結論に達したのです。市の農水課やＪＡは反対でしたが、金融公庫は前向きでした。緊急経済対策の補助金も申請したのですが、全国での競争なので受けられず、公庫からの融資だけで導入することにしました。
自前の設備だとカントリーへの出荷より経費が削減できるとともに、自分たちの米として販売できるので、生産意欲が高まります。カントリーに収めると、どこの米か分かりませんから。
――小麦はカントリーですね。
小麦まで乾燥すると設備の掃除に手間がかかり、５月下旬の麦刈りの直後から次の田植えで、時間の余裕がないからです。
――作業者への支払いは。
従事分量配当といって、利益の中から働いた時間に応じて支払います。常時作業者は５人で、年収は１００万円から１５０万円くらい。平均年齢78歳の年金生活者ですから、それにプラスαの収入で、それなりに満足しています。
――野菜作りは。
野菜を手掛ける法人は若い作業者のために年間を通じた仕事をつくり、収入を増やす必要があります。当法人も長く大豆を作っていましたが、連作障害などで収益が悪化したためやめました。25年前の出発が地域の農業を維持するために、19人の組合員が農地と資金を出して創設した集落営農なので、利益を上げるより持続可能性を第一にしています。もちろん、参加する若者がいれば、ハウスなどを建てて野菜作りを始めることも視野にあり、働き手次第ですね。
――５人だと人手不足なのでは。
田植え、麦刈り、稲刈りの繁忙期にはパートで補充し、草刈りなどの比較的簡単な作業は、自治会の人たちに日当を払って参加してもらっています。そのため、全住民参加の里山クラブを創設して、年間２００万円ほどの農水省の多面的機能支払交付金を受け、道路土手やあぜの草刈り、水路掃除、農道舗装などを行っています。これによって農業環境が改善され、集落営農への関心も高まりました。
――集落営農のメリットは。
地域農業の維持が第一ですが、一緒に作業できるチームがあり、機械や道具に技術や経験が加わり、イノシシなどの害獣対策などに対応できることです。農繁期が終わるごとの会食や研修も楽しみで交流が深まります。
高齢世帯や独居世帯が増えると、敷地の草刈りや雑木の伐採などができないので、それには里山クラブとして作業しています。高齢者福祉のふれあいサロンや地域防災も集落営農があるので活動しやすくなっています。
――後継者は。
パート参加の50～60代が２人いるので、定年後の彼らに健全な状態で法人を渡すのが私の役割だと考えています。農水省と厚労省が進めている農福連携は、障がい者の農作業が中心ですが、当法人は高齢者向けの農福連携とも言えます。人生百年時代には、そんな生き方もいいのではないか。
――多田さんが集落営農に参加した契機は。
48歳の１９９６年、実家で１人暮らししていた母が脳内出血で倒れ、その介護に家族でＵターンしたのがきっかけです。55㌃の農地があるので、東京で編集・執筆の仕事をしながら、月に２度往復して農作業をし、自治会活動にも参加するようになりました。２０１９年のコロナ禍で会議もオンラインになったので、デザイナーと一緒に借りていた川崎市のマンションを出て実家を拠点にしました。そのうちに、初代、２代目の代表理事が退き、74歳で３代目の代表になったのです。
――都会と田舎の暮らしを比べると。
川崎市から妻の実家がある長野県駒ケ根市に引っ越したのは、当時小学校５年の次男の小児ぜんそくのためで、塩尻市にある病院に入院しながら併設された学校に通い、１年で回復しました。その３年後には母が倒れ、家族も賛成したので帰ったのです。
マンション暮らしから一軒家に変わり、家庭菜園をしながら地域の人たちとも交流して、これが人間らしい生き方だなと思いました。都会では仕事関係の付き合いが中心ですが、田舎では全人格的な関係になります。それに、子育てには自然豊かな環境が最適で、爬虫（はちゅう）類を飼い始めた三男は今、宮崎県都城市で獣医になっています。
――日本の農村の多くが限界集落化しています。
農業は国の基本なので、国土を最大限活用しながら国民の食料を確保するのが政治の役割で、国民にとっては生き方の選択だと思います。働き方改革の一つが副業の勧めで、そこに農業を考えてほしい。都会と田舎のマルチハビテーションは、人間らしい暮らしを取り戻す手段です。
【メモ】多田さんの持論は、「村落共同体は田植え機が壊した」というものだ。なるほど、地域住民の共同作業でしか植えられなかった田植えが近代化の恩恵を受け、一家でできるようになった。だが、鶴見俊輔氏が「村こそ日本人の最高の発明」と洞察した相互扶助の有機的機能を持った里山社会は、近代という合理主義による利便性のローラーにひき殺されつつある。なお多田さんが推進する集落営農は、近代化の機器を積極的に取り入れつつ里山社会復活の種をまいており、注目される。
集落営農 集落営農とは、「集落」を構成員とし専業農家・兼業農家などの協力の下、農業生産を共同で取り組む組織をいう。
