NPO法人中東平和フォーラム副会長 小林育三氏

混乱から平和へ前進に期待
イラン、核合意が俎上に ハマスの目的は中東戦争
世界日報の読者でつくる「世日クラブ」の定期講演会が先月26日、オンラインで開かれ、NPO法人中東平和フォーラム副会長の小林育三氏が「トランプ政権を迎えた中東情勢~“テロとの戦争”終結と中東和平の行方」と題して講演した。歴史的な史実を解説しながら、今後は米国を仲介役にイスラエルとアラブ諸国の間で和平が成立すると予想。「楽観的過ぎるかもしれないが中東和平は大きく前進すると期待している」と語った。以下は講演要旨。
中東には大きな問題として、イスラエルとパレスチナの和平問題がある。そこにはレバノンやシリア、ヨルダン、エジプトなどの周辺国も関わってくる。中東地域の人口は約5億人ほどだが、イスラエルの人口は約990万人でそのうちアラブ人が2割近くだ。パレスチナ難民と規定されているのは600万人ほどおり、中東の各地に散らばっている。
戦後の中東地域の歴史を見ると大きく三つに分けられるだろう。1978年の「キャンプ・デービッド合意」までの中東戦争の期間。エジプトのサダト大統領の暗殺やパレスチナ解放機構(PLO)アラファト議長の国連演説、イスラエルとPLOが相互承認した「オスロ合意」が行われた80年~2000年の期間。01年~20年までのテロとの戦争の期間だ。
第3次中東戦争(1967年)でイスラエルはシナイ半島、ガザ、ヨルダン川西岸、ゴラン高原といった地域を占領した。国連は242号決議によってイスラエルに返還を求め、イスラエルは翌年に自国の生存権や平和を条件に受諾した。しかし、結果だけ見てイスラエルはアラブの土地を奪ったという見方が日本の報道には根強いようだ。
第4次中東戦争(73年)でアラブ諸国は結束して占領された土地を取り返そうとするが劣勢となり停戦。エジプトは経済的に厳しくなり、親米派であることもあって、米国仲介の下で78年に「キャンプ・デービッド合意」でイスラエルと和解し、シナイ半島は返還された。「領土と平和の交換」であった。
アラブ諸国はパレスチナを取り戻すという大義の下に結束したが、アラブの盟主であったエジプトが単独で平和条約を結んだことで、アラブ諸国の反感を買い、アラブ連盟からは追い出された。イスラエル国の存在を現実として受け入れる意見によって、アラブ連盟に亀裂が生じたと言える。一方ヨルダンは第4次中東戦争後、ヨルダン川西岸の統治権を放棄した。
その後、アラブ連盟はPLOをパレスチナ解放の唯一正当な代表とした。そしてヤセル・アラファト氏が率いるPLOは、74年に国連でオブザーバー組織として認められ、アラファト氏は「オリーブの枝」という感動的な演説を行い国際的地位を高めた。88年に再度アラファト氏は国連で演説。PLOはテロリズムを放棄し、47年の国連決議181号のパレスチナ分割案を受け入れた。
93年にはイスラエルとPLOが相互承認する「オスロ合意」が結ばれた。中東和平はオスロ合意を通して大きく進むと国際社会は考えていたが、最終段階でうまくいかなかった。
少し時間を遡(さかのぼ)る。エジプトの英雄、サダト大統領は81年にムスリム同胞団の急進過激派のジハード団によって暗殺された。ムスリム同胞団はもともとイスラム信仰が西洋化によって世俗化につながるとし、信仰を守るために内面的に西洋化と戦うことを強調し、ジハード(聖戦)という言葉を使っていた。ところが、武力を使ってでも西洋化を止めようとする急進過激派ジハード団が生まれた。
当然ジハード団は追放され、エジプトから周辺国・地域に逃れた。パレスチナのムスリム同胞団には過激な人が多く入っていったため、次第に穏健派は少数派となり、87年にはハマスへと名称を変更。アフガニスタンにおいては88年にアルカイダが結成された。一方PLOのアラファト氏はテロを放棄した。
アラファト氏が国連でテロ放棄宣言をする約1年前、テロを宗教的にジハードと肯定するハマスがPLOに加入した。PLOの主流派・ファタハは、イスラエル国家承認、二国家共存、交渉や会議の承認、テロを放棄し、イスラエルを宗教的に拒否する、同時期に設立されたハマスとアルカイダはテロや戦闘を肯定する、といった点で相反している。PLO主流派のファタハとハマスは別組織であり思想が異なる組織である。
次に押さえておきたいのは、2001年の9・11同時多発テロだ。ハイジャックされた旅客機が突入することで、米ニューヨークのツインタワーが崩壊する様子は世界に衝撃を与えた。国連は直ちに国連安保理決議1368を満場一致で採択し、集団的自衛の権利を認識し、テロに対してあらゆる手段で戦うとした。
米国は、このテロの首謀者はアフガニスタンが本拠地のビンラディンと特定し、引き渡しを要求したが、タリバン政権はこれを拒んだ。そのためアフガン戦争が起きた。この時に、北大西洋条約機構(NATO)は創設以来初めて集団的自衛権を行使した。米国がただアフガニスタンを民主化するためにアフガン戦争を起こしたと言われるが、順序立てて理解しないといけない。
米国で17年、1期目のトランプ政権が発足し、シリア政府への直接的な軍事行動を行った。「自国第一」を掲げるトランプ政権は伝統的な同盟関係の軽視が懸念されていたが、最初の海外訪問となった中東地域でそれを払拭する「リヤド演説」を行った。また、テロはイスラム思想がもたらしているとし、イスラムの指導者が責任を持って過激派の問題解決をすべきとした。また、過激派との戦いは「異なる宗教や異なる文明観の戦いではなく、善と悪の戦いである」と明言し、過激派の撲滅を掲げた。米国は中東和平の仲介役だとし、イスラエルとパレスチナの問題は両当事者が交渉で解決することを支持する、とした。
米国の調停の下で20年、イスラエル、アラブ首長国連邦、バーレーンが国交正常化合意をし「アブラハム合意」がなされた。その後、スーダンやモロッコといったアラブの国々もこれに賛同するようになり、中東和平は前進した。
ところが、イスラエルのガザでの戦争は23年10月から約1年半続いている。テロを起こしたハマスの目的は他の五つの過激派組織やヒズボラ・イラン革命防衛隊、イランと連携して中東戦争を起こすことだった。イスラエル軍は過激派組織の要人らを殺害し、ハマスがガザをこれ以上支配できないようにした。さらに、イスラエルはイランの防空システムを昨年10月にミサイルで破壊。イランがハマスやヒズボラなどの過激派組織を援助できないようにした。
イスラエルとレバノン政府が停戦合意した直後の昨年12月、シリアのアサド政権はシャーム解放機構によって崩壊しロシアに亡命。現在、中東は新たな局面を迎えている。
今後はテロと戦争の終結をきっちり行わないといけない。トランプ氏が5月にサウジアラビアを訪れるが、そこで具体的な内容が示されるだろう。
シリアは今後、民主的な政権になっていくことを期待する。イランは防空システムが破壊されて丸裸な状態になったので、今後は核合意が問題となるだろう。アフガニスタンにおいては米国がアルカイダの排除などを提示するのではないか。ガザ戦争終結については、ガザ統治の今後とヨルダン川西岸問題を含め米国が仲介役となって、経済・軍事的に保障しながら建設的な話が進むことを期待している。