トップオピニオンインタビュードイツの凋落(下)国際関係アナリスト 松本利秋氏に聞く【持論時論】

ドイツの凋落(下)国際関係アナリスト 松本利秋氏に聞く【持論時論】

まつもと・としあき 1947年、高知県安芸郡生まれ。71年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとして米国、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテーター、各種企業、省庁などで講演。著書に『地政学が予測する日本の未来』『麻薬 第四の戦略物資』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』など多数。
まつもと・としあき 1947年、高知県安芸郡生まれ。71年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとして米国、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテーター、各種企業、省庁などで講演。著書に『地政学が予測する日本の未来』『麻薬 第四の戦略物資』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』など多数。

――2月の総選挙ではキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が大勝した。

4年間、政権を担ってきたショルツ氏率いる社会民主党(SPD)は大敗を喫し、第3党まで沈んだ。第1党に浮上したのは中道右派のCDU・CSUだった。メルケル政権時代の大量移民受け入れに対する反作用として反移民感情の高まりとエネルギー政策の誤りによる経済不振が第1党の座を交代させた。

――産業の空洞化問題は。

先に述べたエネルギー政策の過ちで電気料金が高騰し、ドイツ企業は大量解雇ばかりか、海外移転へ拍車が掛かっている。フォルクスワーゲン(VW)は国内工場の大縮小に動き、アウディも大量解雇を余儀なくされている。また、ドイツの革新を主導してきたエンジニアリング会社シーメンスの近年の投資のほとんどは、国外での買収と事業拡大に振り向けられている。ドイツの産業空洞化は深刻だ。

――IT、AI(人工知能)世界でのドイツの国際的競争力はどうか。

IT、AIに欠かせない半導体チップを作ることにかけては、ドイツは致命的なぐらい出遅れている。

――なぜ出遅れたのか。

そっちの方に関心がいかないからだ。

マイスターの国ドイツは、機械や化学工業などでは強みを発揮してきたが、IT、AIなどの最先端技術においては強みを発揮できていない。

半導体そのものを作ることに、あまり関心がない。

マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中にあるような、もうけたら社会に還元しようといった精神的豊かさは国民的資産として持っているものの、資本主義経済に活力をもたらす創造性を発揮したり新しいアイデアでひともうけしてやろうといったパッションなどのビジネス感覚には乏しい。

――精神的呪縛があるということか。

そうだ。「良いことをしている私たち」といった精神構造だ。

基本的に一つ言えるのは、あんなひどいことをやりましたというナチスの贖罪(しょくざい)意識がある。ドイツと日本は、同じ敗戦国ながら大きな違いがある。

日本の場合は、国家間の条約としてポツダム宣言を受け入れ、それで降伏した。

しかし、ドイツはそうではなく、ヒトラーの後継者に指名された海軍総司令官デーニッツ元帥が降伏交渉をしようとしたが、連合国軍最高司令官のアイゼンハワーはデーニッツ代表団に会わないまま追い返し、正式な降伏文書とか交わされていない。

そしてドイツでは、そのまま国家そのものが解体され、無理やりつくり上げられたのが西ドイツだった。それは東ドイツに相対峙(たいじ)する国家をつくり上げる必要があったからだ。

だからドイツ国民は、戦後の再出発をイリュージョンの中から出発したことになる。自分たちが積み上げていったものではなかったのだ。だからドイツは理想主義に走らざるを得ない。

――安全保障問題だが、マクロン仏大統領による「フランスの核を欧州の抑止力として使いたい」との提案に対し、ドイツが寄り添う動きを見せている。

脱原発のドイツが、原発推進だけでなく核兵器も所有するフランスに安保で寄り添うというのも大きな時代の潮流を感じる。

2月の独総選挙ではCDU・CSUが大勝し、メルツCDU党首は「核共有について話し合う必要がある」と応じた。ポーランドのトゥスク首相も「核兵器も関係する最新軍備が必要」との見解を表明している。

5年前にもマクロン氏は、同じような提案をしているがほとんど反響はなかった。今回、ドイツやポーランドから声が上がったのは、ウクライナ侵略を続けるロシアに融和的なトランプ米政権の誕生で、欧州が独自の安保強化を迫られているからだ。

ただ、フランスの核弾頭数は290発にすぎず、ロシアの5580発、米国の5044発に比べると圧倒的に少なく、フランスの核で欧州に「核の傘」を担保できるというのは幻想に近い。

また、フランスが核を使う場合は「国家存亡の危機」という規定がある。「国家存亡の危機」というのはどういう状態かというと、曖昧なままだ。だからドイツが核のボタンを押したくても、フランスが「国家存亡の危機」ではないと判断した場合には核は使われることはない。

要はドイツは核問題において、全く関与できない。もう少し、具体的に考えると、モスクワからウクライナのキーウまで大体東京から岡山ぐらいまでだ。夜行列車で一晩で着く。しかもだだっ広い平野だ。だから戦車で侵略ができた。そんな近い距離で核を爆発させたら、風の向き具合でどうなるか分からない。

だから普通に考えれば、欧州で核を使うというのはあり得ない話だ。

ただリスクがあるのは、島国の英国だ。日本は島国だったから、第2次世界大戦でやられてしまった。それも原爆を落とされた長崎も広島も盆地だ。だから上に上り、横には広がらなかった。

つまり核戦争で一番、危ないのは島国だ。

――だが、小型核兵器や中性子を出して人間だけを殺す特殊核も存在する。

そうすると無人機とか通常兵器で大丈夫だという話になる。

だから戦術核というのはほとんど役に立たない。

戦略核というのは抑止に使うだけで、現実には使いづらいものがある。

(聞き手=池永達夫)

【メモ】脱原発で原発を全面廃止に動いたドイツは結局、原発推進の隣国フランスから電力の補給を受けることになった。またドイツには米軍の核兵器が置かれているが、トランプ第2次米政権の登場で「核の傘」が効かないリスクを抱える中、フランスの核を共有しようとする動きも出てきた。理想主義の国ドイツが、リアリズムに徹するフランスを頼ろうとする姿勢に、理想主義の限界を見る気がする。人には理想も夢も大事だが、あくまで現実世界に足場を組んで高みを目指すことこそが肝要だ。

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