トップオピニオンインタビュードイツの凋落(上) 国際関係アナリスト 松本利秋氏に聞く【持論時論】

ドイツの凋落(上) 国際関係アナリスト 松本利秋氏に聞く【持論時論】

まつもと・としあき 1947年、高知県安芸郡生まれ。71年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとして米国、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。テレビ、新聞、雑誌のコメンテーター、各種企業、省庁などで講演。著書に『地政学が予測する日本の未来』『麻薬 第四の戦略物資』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』など多数。
まつもと・としあき 1947年、高知県安芸郡生まれ。71年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとして米国、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。テレビ、新聞、雑誌のコメンテーター、各種企業、省庁などで講演。著書に『地政学が予測する日本の未来』『麻薬 第四の戦略物資』『日本人だけが知らない「終戦」の真実』など多数。
米中に次ぐ世界3位の経済大国ドイツの経済の不調が著しい。産業の空洞化を伴う資本流出も顕著だ。国際関係アナリストの松本利秋氏は、メルケル前政権の100万人移民受け入れと脱原発政策が実体経済に打撃を与え、根底には理想主義の誤謬(ごびゅう)があると指摘する。(聞き手=池永達夫)

――かつて「独り勝ち」とさえ呼ばれたドイツ経済の凋落(ちょうらく)ぶりが顕著だ。

ドイツ経済は「欧州経済のエンジン」とされたものだが近年、低迷している。2023年の実質国内総生産(GDP)はマイナス0・3%、24年もマイナス0・2%だった。2年連続で実質GDPがマイナスとなるのは、ドイツがかつて「欧州の病人」と呼ばれた東西ドイツ統一以来のことだ。

――原因は。

大きく分けて二つある。一つはメルケル前首相がやった100万人の移民受け入れ。もう一つは脱原発政策だ。基本的にはドイツは製造業中心の経済で、化学工業にしても自動車工業にしても、電気をいっぱい使う。それで原発を無くしてしまうと、うまく経済が回らなくなる。

11年3月の東京電力福島第1原発事故の直後、メルケル氏が突如打ち出した「脱原発」方針に従って原発を段階的に停止し、23年に全17基の停止にたどり着いた。

――脱原発の旗を振ったのは緑の党だった。

緑の党は、左翼学生運動をやっていたマルキストたちが主流を形成する。彼らは左翼運動時代、一斉に捕まったりして刑務所に入っていたが、3年か4年で出てきた。それで大学の教授とかになった元活動家もいる。

理想主義の中で、左翼が出てくるわけだが直接的に革命を起こすというのはリスクが大きいことは分かっており、ソ連崩壊もあって環境運動に力を入れた経緯がある。環境問題で西側諸国の資本主義経済の力をそいでいければ、彼らが目指してきた社会主義的政治への転換もやりやすくなるという政治的メリットもあったからだ。

左翼にとっては環境問題というのは政治的に有利に働く。資本主義にブレーキをかけることになるし、メルケル氏がやったように、資本主義の悪いところをあからさまにアピールできる。

「おまえらは地球を壊すのか」と上から目線で追及でき、左翼が政治的に力を持つ運動論としては非常に都合のいいものだった。

またドイツは、地球温暖化対策ということで自然エネルギー利用の風力発電にも投資もしたが効率がすこぶる悪かった。

バルト海の風を利用するのだが、それを中央まで持ってこないといけない。長距離送電で電力は減っていくし、風力発電のインフラ投資に大変な資金が浪費された。

さらにロシアからパイプラインで天然ガスや石油を輸入し、それを燃やして電力をつくっていた。これがロシアのウクライナ侵略で駄目になった。だから原子力は駄目、再生エネルギーも駄目、それからロシアから輸入も途絶えるという三重苦に陥ったのだ。

ざっくり言えばメルケル氏の理想主義を、真面目にやり過ぎてしまった弊害が出たのだ。ドイツ人は真面目だから、中途半端を許さない。理想から一歩でも外れたら、不可となる。そうした格好で、理想主義に突き進んでしまうことで落とし穴にはまってしまう。

歴史を回顧すれば、これがヒトラーを生みナチスを誕生させたコア部分だとも思う。

それと同じことが、メルケル氏にもあった。特に彼女は東ドイツ出身だから、結局、子供の頃は社会主義で育ってきて、理想主義の中で生きてきた。理想主義はドイツ人が持っている長所ではあるけれども、同時に短所でもある。

――もう一つの理由として掲げた「移民受け入れ」問題は。

15~16年の難民危機の際、メルケル氏は100万人を超える難民認定申請者を受け入れた。難民受け入れのために膨大な予算を組み、国費を費やした。これは、国力をそぎ落としただけでなく、その後のドイツの政治的混乱をもたらした失政との批判が根強い。メルケル氏の難民受け入れは、その後のテロ事件の続発、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭など政治的不安定さをもたらす元凶となったからだ。

ドイツの思想家マックス・ウェーバーは「政治家に不可欠なのは、良いと思うことを実行する『心情倫理』ではなく、結果を考えて実行する『責任倫理』だ」と述べているが、理想主義に走ると大きなしっぺ返しを食うことになりがちだ。

――中露に肩入れし過ぎた側面も。

メルケル政権下では、地政学リスクを度外視した経済外交が顕著だった。原油や天然ガスなど資源の主要な調達先としてのロシア、ドイツ製品の輸出先としての中国に重心を傾け過ぎた。

投資の鉄則は「卵を一つの籠に盛らない」ということだ。だがメルケル政権は輸出と資源輸入という実体経済にとって欠くべからざる「大事な卵」を、地政学リスクの高い「一つの籠」に盛ってしまった。今はロシアのウクライナ侵略と中国の経済低迷による購買力低下という地政学的リスクが高まったことで、「籠の卵」は危機的状況にある。

【メモ】2月の総選挙では4年間、政権を担ってきたショルツ氏率いる社会民主党(SPD)が大敗し、第3党まで沈んだ。首位に浮上したのは中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)だった。反移民感情の高まりと経済不振が第1党の座を交代させた。欧州の盟主は大きな岐路に立っている。

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