中国内モンゴル自治区の民主化と人権を求める南モンゴルクリルタイ常任副会長のオルホノド・ダイチン氏に、内モンゴルの実情を聞いた。クリルタイとは、モンゴルの遊牧民族が移動式テント・ゲルで円座式に座って議論を重ね、もめ事を解決していったことをいう。いわばクリルタイとはモンゴル式民主主義の原点となったものだ。(聞き手=池永達夫)
――内モンゴルにおける漢人の割合は。
漢人が占める割合はチベット、ウイグルより内モンゴルの方がはるかに高いです。
そもそも内モンゴルには清朝の末ごろから漢人は入ってきたものの、1949年に建国された中華人民共和国の時代になると、政府の計画的な移住政策が進み大量の漢人が入ってくるようになりました。
公的な資料だと内モンゴルの人口は現在、2400万人でモンゴル人は436万人。80%が漢人で占められ、モンゴル人は18%でしかないのです。
――人権状況を伺いたいのですが、新疆ウイグル自治区ではウイグル人を対象にした収容所が世界的に問題になりました。内モンゴルではどうなのでしょうか。
似たようなものは存在します。
内モンゴルでは文革時に収容所が造られ、虐殺された経緯もあります。
1970年代の私が子供の頃、ガチャーやバグといった地域ごとに大人を集めて集団で政治学習させていたのを覚えています。1週間とか10日間といった長期間にわたって、強制的に学習させるのは今でもあります。ただウイグルのように大勢の人を集めて集団での政治学習というのはありません。
――ジェノサイドの定義には、言語や宗教といった民族文化の抹殺も入っています。
内モンゴルではモンゴル語の授業だけはかろうじて残っています。おそらく政治的判断から、象徴的に残しているものと考えられます。
ただ授業そのものは、週に1、2回程度しかやっていません。その程度ではモンゴル文化の相続は難しいと思います。
それでも来年からは大学受験は所属する民族に関係なく、すべて中国語で行われることになりました。今年の試験がモンゴル語で行われた最後となったのです。
内モンゴルの学校で使われている教科書は、中国政府が編纂(へんさん)した「全国統一教科書」のモンゴル語版です。そこにはモンゴル文化に関しては、ほとんど触れられていません。小中学校から高校、大学に至るまでモンゴル歴史の教科書はなく、モンゴル人が自分たちの歴史教科書を作る権利もありません。中国政府はモンゴル人が、その英雄であるチンギスハンを祝う祭典を催すことも許さないのです。中国の歴史教科書ではモンゴル人がつくった元王朝は、中国歴史の一部として教えられます。また「公民と思想」教科書では愛国主義、社会主義、共産主義が主な内容となってもいます。
さらに地域のあちこちに密告者を置き、モンゴル人の学生が多い大学や大学院などでも、密告者は先生やクラス生徒の言動を調べ、組織の書記や共青団書記、あるいは安全庁の担当者に密告するのです。先生と学生の間にくさびを打ち込み、ひいてはモンゴル人が団結しないよう地域共同体に憎しみと矛盾を作り上げ、知識人が生まれ育つことを食い止めようとしているのです。
――内モンゴルで残っているラマ教寺院は。
チベットよりはるかに少ないのが現実です。チベットより内モンゴルのラマ教寺院は壊滅的打撃を受けました。
私が生まれたジョーウダ盟のアル・ホルチン旗には、かつて21の寺院がありましたが、私の子供の頃は一つもありませんでした。文革時代にすべて打ち壊されたのです。それ以後は幾つか復活させて、象徴的に残してはいます。
――僧侶の復活もあったのですか。
ごく一部の僧侶の復活はありましたが、ほとんどできませんでした。一度、僧侶を根こそぎ壊滅状態にすると、それを取り戻すには並大抵のことではできません。内モンゴルでは、とりわけ若い僧侶は少ないのが現実です。その点ではまだチベットの方が僧侶は残っています。
――民主化運動の旗を振るダイチン氏に対し、中国当局からの圧力は。
私たちの南モンゴルクリルタイは、南モンゴルの自由と人権を求める国際連帯組織です。中国当局は私たちのような自由と人権を求める運動に関わったりする他のメンバー同様、中国にいる家族に圧力をかけて牽制(けんせい)してきます。
民主化運動を止めなければ内モンゴルの親兄弟が拘束されたり不利益を被るようにと当局から脅され、家族は仕方なく電話などで民主化運動など辞めるよう求めることを催促されることになるのです。
――陰湿な手口ですが、それでも民主化運動から手を引かないのは。
家族のことを思えば心は痛みますが、大義には犠牲が伴うものです。
【メモ】 自由と人権を求める当たり前のことが、かの地では「国家反逆罪」に触れる。日本でその口を封じるために、中国は自国にいる家族や親族を脅し圧力をかけてくる。いわば海外に出た中国人は、国内に残った家族や親族が人質として扱われることになる。
少なからぬ中国人海外渡航者は、自分の家族や親族を守るため、本心をひた隠して本国である中国の意向に従わざるを得ない状況がある。
その点、ダイチン氏は力に屈して小さな平和を守るのではなく、大きな平和のために孤高の道を選択した。