Homeオピニオンインタビュー【持論時論】自分史で人生の総仕上げを 終活出版 ― グッドタイム出版社長...

【持論時論】自分史で人生の総仕上げを 終活出版 ― グッドタイム出版社長 武津文雄氏に聞く

高齢社会を迎え自分史が静かなブームになっている。成功者の立志伝というより、一般人が人生を回想し、書き綴(つづ)るもので、自費出版が多い。大手出版社を退職後、自分で出版社を立ち上げたところ、自分史の出版がほぼ半数を占めるようになったというグッドタイム出版の武津(ふかつ)文雄社長に、自分史を書く意味について聞いた。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

心の浄化作用も コツは楽しみながら書く

ふかつ・ふみお 1947年、大分県別府市生まれ。小倉陸軍病院勤務の軍医と中国から引き揚げてきた母静子の子として生を受ける。小学生から18歳まで養護施設で育つ。施設時代にキリスト教に触れ、明治学院大学(二部4年)中退。社会人時代は多数の仕事に就くも、中年以降は記者、編集者として出版業界に身を置く。日本の右脳研究のパイオニア、七田眞氏に師事し、著書を多数編集。自著も複数ある。
ふかつ・ふみお 1947年、大分県別府市生まれ。小倉陸軍病院勤務の軍医と中国から引き揚げてきた母静子の子として生を受ける。小学生から18歳まで養護施設で育つ。施設時代にキリスト教に触れ、明治学院大学(二部4年)中退。社会人時代は多数の仕事に就くも、中年以降は記者、編集者として出版業界に身を置く。日本の右脳研究のパイオニア、七田眞氏に師事し、著書を多数編集。自著も複数ある。

――お仕事を拝見すると自分史が多いようですね。

小さな出版社なので、依頼があれば何でも出そうと思っていたのですが、自然に自分史が多くなりました。紹介された人の自分史の本を丁寧に作ってあげると気に入ってくれ、その人の紹介でまた自分史を依頼されるというふうに広がったのです。

その一人、元駐イタリア大使で鹿島建設常任顧問や日伊音楽協会、日本英語交流連盟の会長を務めた英正道(はなぶさ まさみち)さんは「私は書くことが好きな人間で、書くこと自体が喜びだった。この本は私の満足のために書かれたもので、誰かが何らかの興味から読んで下されば嬉(うれ)しいが、それを期待してのものではない。私は後半生でも順子(夫人)を筆頭に多くの友人、知人に助けてもらっているので、この本は感謝の記録でもあり、また今年卒寿を迎え、…多くの友があの世に逝ってしまった。この書が、多くの故人との想い出を紙に記すことで、彼らをこの世に止めるという鎮魂の書で有ってくれたら嬉しい」と書いています。

――作家の小川洋子さんは心理学者の河合隼雄さんとの対談『生きるとは、自分の物語をつくること』(新潮文庫)で、「誰もが生きながら物語を作っているのだとしたら、私は人間であるがゆえに小説を書いている」と語っています。

自分史を書く意味の一つは、自分の人生を振り返って、もし負の遺産があれば、書くことでそれを解消することだと思います。興味深いのは、自分史を書いた多くの人が、最後には感謝の気持ちになることです。自分一人で生きてきたのではないことに気付き、お世話になった人たちを懐かしく思い出す。自分史には心の浄化作用もあります。

――「世間学」を提唱して話題になったドイツ中世史家で一橋大学学長を務めた阿部謹也さんは、ゼミで学生に生い立ちを語らせていました。彼らは語りながらどんな世間で育ってきたのか気付き、社会に出ても人間関係がスムーズになるそうです。

日本に古くからある「世間」と西欧の「社会」とはかなり違いますね。ヨーロッパでは、キリスト教的な個人主義を基盤に民主主義が発展してきました。

それに対して、多神教的な文化の日本人は個人の前に世間があるので、いつも世間の考えや空気を気にしながら暮らしています。不祥事を起こすと「世間をお騒がせして申し訳ない」と言い訳をしますね。そんな日本人が近代合理主義の個人を前提としてつくられた社会で生きていくには、世間と社会との調整を図ることが必要になります。

――『精霊の守り人』などを書いたファンタジー作家の上橋(うえはし)菜穂子(なほこ)さんは、自身の半生を綴った『物語ること、生きること』(講談社)で、「物語にしないと、とても伝えきれないものを、人は、それぞれに抱えている。だからこそ、神話のむかしからたくさんの物語が語られてきた」と語っています。

さすが上橋さんは慧眼(けいがん)ですね、「物語にしないと、とても伝えきれないものを、人は、それぞれに抱えている」という表現は人間の本質を突いています。人は文字のない時代にも、物語ることを諦めなかった。つまり、口承文学の時代ですね。

ホモ・サピエンスはコミュニケーション力を高めることで共同作業を可能にし、複雑な社会を形成してきました。文字のない時代、一族の古老たちは若者たちを集め、大切な経験や教訓を語り伝えてきたと思います。

――自分史を書くコツは。

自己責任で書いて本にするのですから、書きたいように自由に書けばいいのですが、親しい人だけでなく第三者も読むので、読みやすく、間違いのないようにする必要があります。誰かを傷つけたり、不快にしたりするのは避けないといけない。それは編集者の仕事でもあるので、気を付けています。

――パソコンやスマートフォンも自分史づくりを後押ししています。

書き溜(た)めたブログを本にすることも多いですね。印象的な出来事や思い付いたことを、忘れないうちに入力するのを習慣にするといい。読み返しながら、自分の心や知の進化を感じ、楽しくなります。自分史も楽しみながら書くのがコツです。

――つらい体験でも、それを語ることで癒やされます。

人間の脳には可塑(かそ)性があるので、寝ている間に、いいことは記憶し、いやなことは忘れようとします。人生も同じで、振り返ってみればいい人生だったというのがいいのではないでしょうか。編集者の立場から言うと、自分自身の人生も良いように編集すればいいのです。

――自分で自分をカウンセリングするようなものですね。

人間には心と体だけでなく、もう一つ高いレベルの「精神」があると言ったのは、『夜と霧』で知られる精神科医のヴィクトール・フランクルです。仏教的に言えば、仏の手のひらで生かされている自分、神道的に言えば神々や先祖たちと共に生きる自分ということでしょう。自分史はそうした立体的な視点も与えてくれます。

――高齢者に人気なのは。

やはり、人生の総仕上げをしたいからでしょう。終活では相続や遺産整理などの話が主ですが、それより自分の人生をどう仕上げるかが重要で、そのツールの一つが自分史だと思います。

最後に一言付け加えると、自分史だから“自分の人生をありのまま”に書こうと力まないことも大切ですね。人生で体験した嬉しかったこと、つらかったこと、その全てを「一つの物語」に昇華する。そんな“遺産”を子孫に残せたらすてきですね。

【メモ】若い頃、武津さんのナナハンを借りて、筑波から箱根まで高速道路を走ったことがある。アクセルを回すと一気に加速し、次々に車を追い抜く爽快さを味わった。あんな危険なことはもうできない。しかし、頭脳の暴走ならまだできそうだ。高齢期の脳を活性化させるのにも、自分史は効果的ではないか。たくさん読んで、たくさん書いて、頭脳全開の猛加速であの世に行けたら、きっと楽しいことだろう、とインタビューしながら妄想した。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »