大山倍達(ますたつ)(1923~94年)が創始した極真空手は心技体を鍛える武道で、一般の空手が行う「寸止め」をしない「直接打撃」が大きな特徴だ。「ケンカ空手」とも呼ばれ、大山倍達がモデルの漫画「空手バカ一代」が評判を呼び、かつて大きなブームになった。極真会館手塚グループ世界会長の森義道(ぎどう)氏(70)にその神髄と生き方を伺った。(聞き手=フリージャーナリスト・菅野政弘)

人として正しく成長 空手手段に良き家庭つくる
──極真空手はなぜ直接打撃制(フルコンタクトルール)なのですか。
直接打撃の真剣勝負が、人としての生き方の原点だからです。直接打撃とは、神仏を前に怠惰な自己への挑戦であり、惰性を排斥する自分との闘いです。
──仙台市での東北大会では、小学校低学年の子供らが、負けて泣きながらも礼を忘れず、健闘をたたえ合う姿が印象的でした。
実際に体に拳を当て、叩(たた)くことを通して、相手と痛みを分かち合います。ゲームの中では人を簡単に殺していますが、人を叩くというのはどういうことなのかは、自分が叩かれてみて初めて分かり、痛みが分かると人に手を出すことはできなくなります。肌身で感じる中で、自分を律する心が育っていくのです。稽古が、人間としてやっていいこと、いけないことを教えるしつけになっています。人間的にも成長しながら段を上がっていくので、子供たちは人格的にも技の上でも自然に成長し、人を尊敬するようになります。
──保護者も共に礼節を尽くす様子でした。
手塚グループの基本理念は「家族」「対話」「自然」で、それらが子供たちを誤りなく成長させるからです。その基盤となる道場は一つの大きな家族と考えています。
私が指導している宮城県の道場は、入門生の7割が幼稚園から小学生までの子供で、中学生以上の一般人が3割、女性は4割ほどです。子供の練習を見ているうちに自分もやりたくなったお母さんたちも多く、女性の教室や親子教室も開いています。
──空手の基本理念の第一に「家族」があるのは意外です。
グループを率いた故手塚暢(とおる)会長と奥さまは、極真の主な指導者の中で唯一クリスチャンでした。「極真空手を手段に良き家庭をつくる」というのが手塚会長夫妻の口癖で、私はその考えに非常に共鳴しました。
手塚グループは家族を中心に一人ひとりが社会で生きる道を見いだすようにしたいと考えています。神仏を中心に、分裂ではなく融和を目指し、多くの家族が健全になれば、人と人の絆が育まれ、人間として正しく成長するようになります。それが幸せと言えるのではないでしょうか。
──奥さまを昨年7月、亡くされましたね。
がんが再発して6月10日に余命宣告を受けてから1カ月後、7月10日のことでした。妻の余命宣告を受けた時、私は「神の光」を浴びないとだめだと思いました。私は聖書の研究を一つのライフワークとして、毎日約2時間半を聖書の勉強に費やしています。ミッション系の大学・大学院で税務会計を専攻しながら、8年間キリスト教学も勉強したのがベースになっています。「光」とは神の御言葉(みことば)で、聖書は啓示であり、私のエネルギーなのです。
余命宣告の日から「聖書を学ぼう」と題したメッセージをSNSに上げています。20分ほどの講座を1日に1~3本のペースで、3月10日の月命日で431回目になりました。
──寂しくはありませんか。
寂しいと思ったことはありません。妻とは出会いから家庭を持つまでの10年間、互いに切磋(せっさ)琢磨(たくま)して、プラトニックな愛情を育て合いました。35年の夫婦生活で愛の完成に近づけ、妻が他界した今は、またその「聖化された10年間」に戻ったような感覚です。つまり実体が目の前にいないだけで、聖霊のように妻は私の中で、共に生き続けている感じです。今にして思えば、祈り合った最初の10年間が貴重でした。今、私は70歳で、「聖書講座」は80歳まで4千回続ける予定です。
──高齢期の生き方としても理想的です。
一日過ごすと、どうしても外部からいろいろ影響を受けて自分の中心がズレてきます。それを「御言葉」に照らして毎日正すのです。私は「暗く」生きるのはまっぴらで、「御言葉」を光に変え、自らが発光体となって生きてきたつもりです。師範、副会長、会長と登ってこられたのも神の導きだと思います。
武道は私にとって最高の自己管理です。若い頃は誘惑や迷いもあり、世俗的な欲望を断ち切って自分を鍛えたいと思っていた私には、肉体を激しく打つ極真空手の「修行」が、一番合っていました。東京で大山倍達総裁と出会い、直接指導を受けて段位を取得しました。現役時代は120㌔あった体重が今は94㌔くらい。70歳はまだ若造と思い、週3~4回はトレーニングしています。
──宗教にも通じます。
道場の神棚には、香取大明神、鹿島大明神という武道の神様を祀(まつ)っています。神の前で自分を正し、神の願いに沿って自分を育てるという意味で、宗教と武道は表裏一体だと思います。
──海外での活動は。
世界で会員数が約5万人になり、来年2月に福岡と仙台で世界大会を開きます。私もこれまで40カ国ぐらい巡回してきました。今の世界は国や宗教を異にすることで争いが絶えません。さまざまな宗教の門下生がいるので、武道を通して平和友好を築いていきたいと思っています。
──消防団に保護司、BBS活動(Big Brothers and Sisters Movement)など地域への貢献もされています。
大山総裁が提唱した「頭は低く、目は高く、口慎んで心広く、孝を原点として他を益する」という精神で地域や国に貢献していきたいですね。青少年教育は私の天命だと確信していて、青少年補導委員や覚醒剤防止指導委員も引き受けています。
【メモ】仙台市泉区に昨年、開所した新たな道場で話を伺った。住宅地だが奥羽山脈の泉ケ岳を近くに望む自然豊かな場所。2階の事務所の机には大判の聖書が広げてあった。ここで毎日、「聖書講座」を収録・発信しているという。前後の時間は準備の勉強に費やす。「まず、神の前に自分を“燃焼”し、残った光で社会を照らしています」と言って笑う森さん。師範として、今なお心身の鍛錬に真剣勝負で挑んでいる。