台湾民進党主席の頼清徳氏が20日、新総統に就任した。台湾の中国や日本との関係はどう変化するのか。また、台湾有事が起きる可能性は高まるのか、政府系シンクタンク・台湾国防安全研究院副研究員の王尊彦氏に聞いた。(聞き手・村松澄恵、写真も)
――頼氏の就任演説の印象は。
台湾の中国への対応は変わりつつあると感じた。頼氏は総統当選が確定した1月13日、「両岸人民の福祉を増進する」という内容を演説で語った。この文言を普通に考えると、なぜ台湾の総統が中国人の福祉までもを気にするのかという疑問が出てくる。
私は、これは中国に対する「一種のメッセージ」だと理解している。中国当局に対して、「私たちは自分たちの福祉だけでなく、中国側の福祉までもを考えている」という内容を送ることで、「台湾独立を宣言しない」と暗に伝えているのではないか。
一方、北京で3月に開かれた第14期全国人民代表大会(全人代)で、李強首相の政府活動報告の最後の方に「両岸同胞の福祉を増進する」という文言があった。「人民」と「同胞」という言葉の違いはあるものの、頼氏と李氏の内容はほとんど同じだ。英語にすると同じ意味にとれる。
――頼氏はかつて「台湾独立工作者」と自称していた。
実際に、中国の台湾政策を担う「国務院台湾事務弁公室(国台弁)」は1月13日以前は「台湾独立分子」などの言葉で、頼氏や蕭美琴副総統を名指しで何度も批判していた。その日以降は「台湾地区の指導者」といった間接的な表現でしか批判をしていない。
中国側は建前上、「台湾統一」を強調するため、揺さぶりは続けるだろう。しかし、私は頼氏が就任式の演説で、中国からの観光客や留学生を再度受け入れると語ったことを見ても、中台関係は新たな局面になるのではと考え、注視している。
頼氏は20日の就任演説で、中華民国憲法について「恪守憲法(憲法を忠実に守る)」と非常に強い表現を使用した。この言葉が意味するところは「台湾独立宣言」を行わないということだ。中国からすれば、「台湾独立宣言」をされては困るだけに、非常に重要な文言だった。
――日本では習近平総書記(国家主席)が4期目を続投するためには「台湾統一」の業績を作らないといけないと分析する人も多い。
私は、習氏の4期目続投のための「台湾統一」の業績は必須条件ではないと考える。習氏は香港を抑えることに成功した。また、既に中国国内において、「皇帝」扱いされている。中国人民解放軍(中国軍)は、習氏が台湾を「攻撃しろ」と言えばするし、「攻撃するな」と言えばしないだろう。
さらに、中国共産党の政策を決定する中国共産党中央政治局員には、習氏に忠実な人物が集められている。
4期目続投の一番のポイントは習氏の健康状態だ。もしも急に亡くなった場合、後継者を指名していないため、予測がつかない。
――一部の軍事専門家などは2027年に台湾有事が起こると分析している。
台湾有事はいつ起きてもおかしくない。安全保障の話をする時に重要になる視点は「意図」と「能力」だ。中国に「台湾統一」の意図はある。ただ、台湾軍と国際社会が台湾に差し伸べるであろう力を考えたときに、中国軍と能力にどこまで差があるかが重要になる。
中国軍は損害をあまり出すことなく台湾を攻略できると考える時が来れば、その時が、台湾有事が起きる時だ。しかし、台湾側は中国との差を埋めようと努力し続けている。中国はまだ台湾を攻撃するための能力がないとみていいのではないか。
――日本に期待することは。
台湾の人は日本の自衛隊の状況を分かっていない。そのため、台湾の民間シンクタンク「台湾民意基金会」の世論調査で台湾有事の際に台湾の人々のうち、43・1%が自衛隊が直接参戦して助けてくれると回答した。米軍の参戦を信じる人の34・5%を上回った。
台湾軍よりも自衛隊の方が人数は多いが、日本国憲法の問題がある上、日本の国境線は台湾より長い。日本が自衛隊を派遣する余裕などないだろう。
だから、世界から台湾に救いの手が差し伸べられることが非常に重要だ。電子戦や、衛星で得た中国軍の位置の情報提供などの形で台湾に協力はできるのではないか。
「台湾有事は日本有事」と日本で盛んに語られるようになったのは心強い。しかし、本当はそれでは足りない。「台湾陥落は日本有事の始まり」。これが正しい表現だろう。