大泉氏は先回、若い世代が夢を持てるようにすることの重要性を強調した。この世代に夢を持たせない限り、いろんな政策を打っても「暖簾(のれん)に腕押し」で実効性が乏しくなるからだ。今回は現金給付の問題点を突く。(聞き手=池永達夫)
若い世代が夢を持てるように 待ったなしの少子化問題 元衆議院議員 大泉博子氏に聞く(上)

――このまま少子化が進むと。
大学は倒産し、2026年で700万人と推定されている認知症患者は急増して、介護する側が足りないばかりか離職も同時に増える。40年には地方自治体の半数が消滅との試算もでている。
またイノベーションができないままだと、経済は秋の陽(ひ)のつるべ落としで完全に下り坂となる。50年にはGDP(国内総生産)世界8位に転落する見込みだ。人口は世界18位で、これだと中進国だ。
私が「元祖少子化課長」と自負しているのは、最初の政府予算付きの少子化対策、エンゼルプランを作った時、その策定に加わったからだ。その時と同じ議論が30年も繰り返されている。
当時は人口政策という言葉が使えなかった。社会のトップにいた人は「産めよ、増やせよ」の記憶がある戦前の人たちだったし、産む産まないは女の権利だとする女権論が盛んな時代でもあった。
人口政策に代わって少子化という言葉を最初に使ったのは、当時の経済企画庁が作った国民生活白書(1992年)だった。だが少子化という言葉に惑わされて、これは人口政策じゃなくて女子供の児童政策だとみんな思った。それで児童政策のない他の省庁が参加しなくなって、政府が全力で取り組むことはなかった。
待機児童ゼロと小泉純一郎元首相が言ったのだけれど、だが待機があったのは首都圏だとか大都市だけだった。もともと田舎では、待機児童なんかいなかった。
それも待機組の多くは、ゼロ歳児だ。ゼロ歳児には基準があって、1人のゼロ歳児に対し3人の保育士を付けないといけない。だから予算がかさみ、それだけ雇うことができない。それでどこの保育所でもできるわけではなく、ゼロ歳児をやっている所に待機がたまった。ところが待機児童がゼロになったのは、保育所を増やしたというよりは育児休業が増えたことによる。世の中は結局、育児休業の方を選んでゼロ歳児保育に預けようとしなくなり、必要性が減った。
結局、それで政治課題が児童手当に移ってきた経緯がある。
――大局的な流れは分かったが、政治家や官僚の質の低下も絡んでくる。
政治家が自分の身が選挙に勝つために損か得かで、政策を決めるようになった。
官僚も永田町と同じくらい、地盤沈下し優秀な人は官僚にならなくなった。
多くが外資系の会社を選んでいる。最初から年収1000万円もらえる所に行く。
それに官僚は忖度(そんたく)官僚になった。「モリ・カケ」の時は安倍さんに言われたわけではないのに、自ら忖度したわけでしょう。
審議官以上の人事権は官邸が握っているから、忖度官僚になって官邸の方ばかりを見ている。
金銭給付というのが、一番選挙には効く。それで学者も政府を忖度するようになった。
10年ぐらい前まで、学者の間では、現金給付は最も悪い政策とされていた。
だから保育所の整備などの提言が優先された。児童手当制度というのは1971年にできた。当時もものすごい議論があった。赤ん坊のミルク代として出そうということになったが、これはお父さんのパチンコ代か酒代になるのじゃないかと議論があって、この論点がずっと続いている感じだ。
金銭給付だと金には色が付いていないから、どこに使われるか分からない。
子ども手当を民主党が実施した後、どう使ったか調査すると、1番目が貯金、2番目が家賃だった。3番目にもろもろの子供の費用が入っていた。その3番目がとても低くて、貯金と家賃がほとんどだったというのが現実だ。
公共政策学では、金銭給付というのは一番効果が低く、本当のターゲットに届かないという理論がある。現物給付や保育所というのは、確実に子供に届く。
待機児童がほぼ解決したら、次は、金銭給付は他の国でもよくやっているから、こちらに焦点が移された。
――本当に海外では現金給付は多いのか。
多い。フランスもそうだ。ただ現金給付の仕組みは違う。例えば住宅手当も、児童手当の中に入っている。子供が増えれば、部屋も必要になる。
日本は持ち家政策をずっとやってきたが、欧州では住宅というのは福祉に入っている。日本は福祉に入れていない。日本の福祉費用は低いというけれども、そういうのが入っていない。
経済協力開発機構(OECD)の統計では、各国みんな同じ制度ではない。国連は、自己申告に基づいてやっているから、福祉といっても内容が違うので、単純比較はできない。
ただ、日本のこの程度の児童手当じゃ「異次元」どころではない。
1万円もらって、第3子は3万円もらって、高校生までもらうから結婚して子供を産みましょうとはならない。
それでは10万円にするかといっても、今度は勤労意欲がなくなる。
地方公共団体では第3子を産んだら、100万円出すというのがある。だがこれは木を見て森を見ずの政策だ。産める人に産んでもらえばいい。2人産んだ人は結婚が成り立っているのだから、若ければ第3子も産めるという理屈だ。
実は第3子の総出生に占める割合というのは17%にすぎない。どんなに圧力をかけても増えるのは限界がある。むしろ結婚しない、子供を産まないというのをなくす、第1子に10万円ならまだ分かるが、第3子に100万円というのはあまり意味がない。
メモ 厚生省の官僚であり衆議院議員も務めた大泉氏は、官僚や政治家の体質を現場感覚で熟知している。政治家に弱い官僚や、次の選挙の趨勢(すうせい)が頭から離れない政治家が得票率アップのためにキャッシュのバラマキに陥りがちであることなどだ。