――あなたは米国が「文化革命」の真っただ中にあると主張している。
米国では今、「平等な結果社会」を目指す左派による運動が起きている。つまり、米国の伝統である「機会の均等」ではなく、「結果の平等」を義務付けるもので、政府による大規模な干渉が必要となる。
この考えは、企業幹部やメディア、シリコンバレー、教育機関、エンターテインメント、プロスポーツなどに浸透している。
左派勢力は特にオバマ元大統領時代の8年間で、「被抑圧者」を人種に基づいて再定義した。従来の経済的に搾取されているとされる階級ではなく、「非白人」と自認できる人なら誰でも、「犠牲者階級」の一員とされるようになった。それにより、被抑圧者を増大させることができるようになった。
今では人種だけでなく、LGBT(性的少数者)も「犠牲者階級」に加わり始めている。これにより米社会に大きな混乱をもたらし、米国の経済や大学の優位性をも損なう事態となっている。
――「ウォーク(差別問題に敏感なこと)」とも呼ばれる左派思想は、どのように米国に広まっているのか。
ソ連の共産主義体制、中国の文化大革命、もしくはナチスによるドイツの国家社会主義において、重要なカギとなったのが、大学を支配下に置き、学生を教化することだった。
(2020年にミネソタ州で白人警官に暴行を受けて亡くなった)ジョージ・フロイドさんの事件後に起きた暴動をきっかけに、米国の大学では「ウォーク文化」が本格的に推進されるようになった。特に大学などで実施されている「多様性の公平性と包括性」(DEI)プログラムは、米国の最大の看板である能力主義を破壊している。
米国では従来、どのような経歴の移民やさまざまな階級の人であろうと、成績が優秀なら名門大学に入学できた。これが世界から才能ある人材を吸い上げる役割を果たしてきた。
しかし、米国では今、入学基準として人種と性別を考慮に入れることが義務付けられ、共通試験(SAT)の提出はもはや要求されなくなってきている。
私の勤務するスタンフォード大学では人口に対する割合を超えてマイノリティーの学生を採用する「補償的入学」を行っており、新入生のうち白人はわずか20%で、80%が混血かラテン系、黒人、アジア系である。この20%に優遇措置を受ける卒業生や寄付者の子女が含まれるので、一般の低所得の白人はどんなに優秀でも入学することが難しい。
入学基準が低下した結果、教員は学習内容を減らしたり、成績評価基準も緩めざるを得なくなっている。同じコースのまま、同程度の学習量や成績評価基準にすれば、大学のDEI責任者から目を付けられることになるだろう。
これはソ連時代のコミッサール(軍や民政を管理・監督・監査する人たち)の手法とよく似ている。大学には、教員のシラバスや成績評価を監視して、そこに彼らから見た「偏見」があるかどうかを調べる職員がいる。これが多くの教員を恐怖に陥れる。こうした「革命」が今起きているのだ。
これに対して、共和党などから大きな反撃が起きている。それにより、さまざまな機関を支配してきた左派はパニックに陥っている。だから、24年の大統領選を巡って激しい論争が巻き起こるだろう。
――次期大統領選はどのような選挙戦になると予想するか。
共和党で今、候補者指名を勝ち取る可能性があるのは、ドナルド・トランプ前大統領、フロリダ州知事のロン・デサンティス氏、前サウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー氏だ。この3人は皆、バイデン氏に勝てるという世論調査結果が出ている。バイデン氏は、今や民主党員でさえ認めているように、厳しい職務に耐えられないほど認知機能が低下している。
しかし、副大統領を務めるカマラ・ハリス氏には国際的な経験がなく、人気もない。だが、新たな候補者が予備選に参加するにはすでに時期が遅い。
もしバイデン氏が8月の党大会で指名されたとしても、その後、辞退するよう圧力がかかるだろう。その後、民主党は、カルフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏やミシガン州知事のグレッチェン・ホイットマー氏のような人物を候補に選ぶ可能性がある。
民主党はホワイトハウスや上院を失い、下院でもさらに議席を失うことを非常に恐れている。もしそうなれば、おそらく「ウォーク革命」は終了するからだ。共和党は政権を奪還した場合、素早く根本的な改革を起こそうと計画している。それが左翼を震え上がらせている。
そこで民主党側は、トランプ氏が大統領になれば「独裁者」になるだろうと言っている。しかし、こうした批判の多くは自分たちを投影したものだ。
司法省や連邦捜査局(FBI)、中央情報局(CIA)、内国歳入庁(IRS)を政敵に対する武器として利用してきたのは彼ら自身だからだ。つまり、彼らは自らがトランプ氏の立場ならするであろうことを恐れているのだ。
トランプ氏は現在四つの事件で起訴されているが、世論調査によると75%が政治的な動機によるものだとみている。バイデン氏も機密文書を持ち出したにもかかわらず、なぜ起訴されないのか。多くの人が不公正な裁判だと分かっている。
だが、民主党側の目標が何なのか、これにどう歯止めをかけるのか誰も分からない。私は70歳だが、今回ほど混沌(こんとん)とし、二極化した選挙は見たことがない。
――共和党内では今のところトランプ氏が他の候補を大きくリードしている。
22年11月の中間選挙で再選を果たしたデサンティス氏は当初、トランプ氏とほぼ互角だった。だが、トランプ氏への不当な起訴により、同氏への共感が広がるとともに、同氏の支持者による21年1月6日の連邦議会乱入事件の記憶が遠のいた。
多くの国民は改めてこの事件を振り返ることで、それが左派によって誇張されたものであったことに気付いた。結局、この事件は「反乱」ではなく、愚かな群衆が起こした騒動にすぎなかった。
また、私の住むロサンゼルスでは、バイデン氏に騙(だま)されたと感じている人が多い。バイデン氏は中道左派のビル・クリントン元大統領のようになるつもりだと言ったが、結局は強硬左派に乗っ取られたからだ。
多くの国民がバイデン政権下における不法移民問題や外交上の失敗、財政赤字や犯罪の増加に不満を募らせており、これに激しく立ち向かう人物を求めている。彼らは、トランプ氏の性格上の欠点に目をつぶり、自由にやらせたいと考えている。過激な左翼を止める勇敢さを持つのはトランプ氏だけだと感じているからだ。
――共和党候補が大統領選に勝利した場合、米国はどう変わるか。
トランプ、デサンティス、ヘイリーの3氏は皆、ジョージ・ブッシュ(子)元大統領や08年大統領選で共和党候補だった故ジョン・マケイン元上院議員のような伝統的の共和党の政策ではなく、「MAGA(米国を再び偉大に)政策」と呼ぶべきものを採用している。
3氏は国境管理の強化のほか、天然ガスと石油を最大限に活用すべきだとし、太陽・風力発電や電気自動車の義務化に反対だ。また、国連をまったく信用しておらず国際主義者ではない。
彼らはブッシュ(子)元政権が民主国家建設を目指してアフガニスタンやイラクでやったような地上作戦は行わない。このため孤立主義と誤解されがちだが、そうではない。アンドリュー・ジャクソン第7代大統領の外交方針に近い「ジャクソニアン」だ。
価値観を共有する同盟国のために非常に強く戦い、敵対する勢力に対しては「米国を踏みにじるな」という態度で、臆することなく行動するだろう。例えば、イスラエルに対し、ハマスを殲滅(せんめつ)するように言い、そのための完全な支援を約束するだろう。
――バイデン政権の外交政策についてどう評価するか。
バイデン氏が就任直後に、イエメンの親イラン武装組織フーシ派へのテロ組織指定を解除し、イランとの関係改善を試みた。また、アフガニスタンからの屈辱的な撤退を行い、ウクライナへのロシアの侵攻前には「小規模な侵攻」を容認するかのような発言をした。これらの行動は、米国の抑止力を弱め、敵対勢力が付け入る可能性を高めた。
一方、トランプ政権時代にはプーチン露大統領は侵攻してこなかった。なぜなら、トランプ氏はあまりにも予測不可能でいつ何をしてくるか分からず、対決したくない相手だとプーチン氏は考えたからだ。
しかし、バイデン政権になり、米国は抑止力をなし崩し的に失った。そして、米国がテロ組織を支援するイランを甘やかしたことを見ていたからこそ、ハマスは昨年10月7日にイスラエルに奇襲攻撃をしようと考えたのだ。
(聞き手=ワシントン・山崎洋介)