日本人に少数者への差別意識ない
フィンランドなど北欧諸国が子育て先進国として取り上げられ、特にスウェーデンの「森のようちえん」や「森のムッレ教室」という幼児教育が礼賛される傾向にある。国家観のない人には、すてきに映るようだが、日本ではこれは当てはまらない。北欧諸国は常にロシア帝国の脅威を受け、翻弄(ほんろう)されてきた。国防の意識を背景に、国境にある森を大事にする意識を持たせる教育が生まれた。スイスでも幼い時期から自主防衛について考えている。歴史や文化に根付いている教育をそっくりそのまま日本に当てはめることは性急ではないか。
性の多様性についても、欧米諸国から学ぼうとすることは間違っている。古事記の時代からすでに多様性はあった。昔から多様性が当たり前だった日本で議論を進める必要はそもそもない。性的少数者にも差別されている意識はない。これに対し、ユダヤ・キリスト教は一神教で、女性と子供の立場は常に下にあり、白人優位の社会が出来上がっている。差別の定義は日本と欧米で全然違う。
そもそも日本人には差別意識はない。LGBT問題では少数の性優先で、多数が不利益を被るのはおかしい。LGBT当事者の知り合いは、これまで普通に生活していたのに、LGBT理解増進法の成立後、余計に変な目で見られるようになったと話している。結果、子供が性被害に遭う可能性が一気に高まった。女子が公共トイレに怖くて入れなくなってしまう。
子供は国の宝であると同時に大人も国の宝である。天皇陛下は国民を「大御宝(おおみたから)」と呼ばれる。国民一人一人は皆、宝なのだ。そういう意識を持って社会生活を送り人間関係を構築すれば、孤立や孤独とは無縁の明るい社会になると思う。
まずは、家庭の中で温かい親子関係を構築し、家庭の中で国を愛する心や意識を育み、その心を持った大人が増えることを望む。そうすれば、家庭の外から入ってくるおかしな価値観も、家庭の会話の中で雲散霧消するだろう。私が「内なる国防は家庭に在り」と唱えるのは、そういう考えが根底にあるからだ。
こんどう・りんこ1975年、東京都新宿区に生まれる。江東区児童家庭支援士。児童福祉分野の専門家として著述活動、講演活動、番組出演、大学等での講義を行っている。國の防人(展転社)に論文多数掲載。