【持論時論】『歎異抄』の読み方、読まれ方 称讃寺住職 瑞田信弘氏に聞く

人間親鸞に近づける 明治以降、再評価される 日本人特有の罪意識を反映

数ある宗教書の中で日本人に最も多く読まれ、論じられてきたのが鎌倉時代後期に書かれた仏教書『歎異抄(たんにしょう)』である。著者は親鸞の直弟子・唯円とされる。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の僧として「終活」にも取り組んでいる高松市・称讃寺の瑞田(たまだ)信弘住職に、同書について話を聞いた。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

――私が大学1年の時に読んで感銘した倉田百三の『出家とその弟子』は、『歎異抄』を戯曲化したとされています。

同書は倉田百三が大正7年に岩波書店から出したもので、赤裸々な愛と罪の告白が青年たちの共感を呼んでベストセラーとなりました。内容は、親鸞と父に背く息子の善鸞、父子の和解を図ろうとしながらも、遊女と恋に落ちて苦しむ弟子の唯円の物語で、人間の愛と罪、救いの様相が描かれています。宗教家としての親鸞ではなく、罪とりわけ性欲に悩む一人の人間としての親鸞を描き、当時の人々、とりわけ青年たちが「私の親鸞」を考えるきっかけとなりました。倉田は愛と罪に悩む自身の内面を親鸞に託して戯曲化し、当時の青年たちに大きな影響を与えたのです。史実としての親鸞ではなく、一時修行したことのある一燈園創設者の西田天香(てんこう)をモデルにした、と後に語っています。

たまだ・のぶひろ 昭和30年、香川県高松市生まれ。大学卒業後、県内の公立中学校・小学校の社会科教員を経て平成10年、父の後を継いで称讃寺の第16代住職に。税理士や弁護士などの仲間と終活支援団体一般社団法人「わライフネット」を立ち上げ代表理事に。NHKカルチャー高松教室の講師で、FM815「たまだ和尚のここらでホッと一息つきましょう」のパーソナリティーも務めている。著書は『浄土真宗の智慧』『寺院経営がピンチ! 坊さんの覚悟』『死に方の流儀』(以上、アートヴィレッジ)など。

――有名な一節は「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」です。善人よりも悪人こそが救われると常識的な論理を逆転させた「悪人正機」説です。

善人・悪人の定義が違うのです。一般的には善行を積んだ人が善人、悪行を重ねた人が悪人ですが、ここでいう善人は、自力で修めた善によって往生しようとする人を意味しています。そこには、仏の目から見れば全てが悪人であるのに、自分自身は善人であると思っているのは傲慢(ごうまん)ではないか、という親鸞の問いがあります。それに対して悪人は、自分の罪深さを自覚し、到底救われないと思っている人のことです。浄土宗の法然が最初に唱えたとされる悪人正機は、浄土真宗の信仰の大きな柱の一つになっています。そうした教えが出てきた背景には当時の時代背景が大きく影響しています。

法然や親鸞が生きた鎌倉時代前・中期は、仏の教えはあるが悟りも正しい修行もない、いわゆる絶望的な末法の時代でした。人々は経典を唱え念仏に励むことで、死後の救いを求めるのが一般的な風潮だったのです。仏典を学んだり、修行したり、寺や仏像を造るなどの宗教的な善行を積めない庶民も、念仏さえ唱えれば死後、阿弥陀如来が浄土に救ってくださるという、易しい教えを説き始めたのが法然で、弟子の親鸞はそれを徹底させ、仏教が広く人々に浸透するきっかけとなりました。

――悪を行えばいいというのではないのですね。

そう誤解する人もいたので、法然も親鸞も否定しています。

宗教的には自力と他力の問題で、浄土真宗は他力本願と言われるように、阿弥陀如来の力によらなければ救われないとする教えです。もっとも、東京工業大学で「利他プロジェクト」を主導している中島岳志教授が、自力の限界を超えたところに他力があると言っているように、自分の努力を否定するものではありません。

教団には所属していないが仏教徒を自任する政治学者の中島教授は、自分の力で行う利他には限界があるが、阿弥陀如来の心になると限界がない、と説明しています。電車のシートに座っていて、目の前にお年寄りが来ると、席を譲ろうかどうしようかと迷う前に、自然に体が立ってしまうような人になる。そんな「思いがけない利他」が本当の利他だというのです。

――ボランティアは受験や就職に有利だというのは。

自分にとっての有利・不利や好き嫌いで判断していると、自(おの)ずから行動に制限がかかります。それが人間の限界で、それを超えさせるのが神仏の力です。

――『歎異抄』の書名は異なるを嘆くですが。

親鸞の滅後、その教えは多様に解釈され、浄土真宗の教団内にさまざまな「異義」が生じてきます。唯円はそれを嘆き文をしたためたと述べています。『歎異抄』の編纂(へんさん)は親鸞の死から30年後のことです。

唯円が『歎異抄』を書いたのは晩年で、貴重なのは、そこから親鸞の人となりがうかがえることです。親鸞は代表作の『教行信証』にしても仏典の引用が大半で、自分の考えや自身のことはほとんど語っていませんから。私たちは『歎異抄』を通じて人間親鸞に近づけるのです。

――唯円が「いくら念仏しても浄土に往(い)けるという喜びが湧いてきません」と言うと、親鸞は「私も同じだ」と答えます。

その上で煩悩を捨てよと説いているのですが、悩める弟子の心に寄り添う親鸞の生き方が印象的です。哲学者の梅原猛は「親鸞において、地獄を突き詰めることにより、無限の生の喜びに至る思想を見た。暗い生の相をも直視できる生の勇気、そこに日本文化の健康さがある」と言っています。「私は正しい」ではなく、「私は間違っている」から始まるのが親鸞の思想で、キリスト教の原罪主義とは違う日本人の罪意識とそこからの救いを、親鸞は身をもって示したと言えます。

――歴史的にはどう読まれてきたのですか。

成立から200年の間はほとんど知られることがなく、室町時代に浄土真宗を発展させた第8世宗主の蓮如が書写し、今日でも蓮如本が最古の写本です。しかし蓮如は、『歎異抄』には誤解されると危ない内容があるとして禁書扱いにしたことから、門徒らにも広く読まれることはありませんでした。

本格的に研究されるのは明治以降で、西洋近代哲学を学んだ清澤(きよざわ)満之(まんし)らによって学問的・信仰的に再評価・紹介され、広く読まれるようになったのです。『出家とその弟子』もそうした近代真宗の発展史の中で生まれました。


メモ 記者は「念仏ばあさん」のおばあちゃんっ子だったが、祖母が息子の父と不仲なのが不思議だった。信仰と人格は関係ないのか?と。その祖母の歳に近づいて分かったのは、歳を重ね性格が尖(とが)ってくると、他者との共感が得にくくなること。それ故、同時に寛容を身に付けないといけないのだが、時々、暴走老人になってしまう。中島教授の言うように、利他と利己はメビウスの輪のようにつながっているので、せめてそれを自覚しておきたい。

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