晩秋の奈良を歩く万葉の旅 万葉の花研究家 片岡寧豊さんに聞く

初冬、一斉に波打つ花芒

大海原を思わせる 春日大社に映える銀杏も見事

秋の楽しみの一つは紅葉を愛(め)でながら古都を歩くこと。世界遺産の歴史的建造物が立ち並ぶ奈良は、古代の『万葉集』から現代の和辻哲郎の『古寺巡礼』まで人々の心を秋の深まりに誘ってきた。万葉の花研究家の片岡寧豊(ねいほう)さんに晩秋の奈良の見どころを、万葉歌とともに紹介してもらった。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

かたおか ねいほう 2000年、淡路花博の 花の館に出展し、国際コンテスト部門で銀賞 など受賞。2002年のオランダ花博で、日本政 府館に出展し、生け花を実演。2010年、平城 遷都1300年祭花と緑のフェアー万葉の華しる べ7カ所に花のオブジェと案内板を担当。毎 日文化センター、近鉄文化サロン、大阪市立 長居植物園・万葉講座などで講師を務めてい る。著書は『やまと花万葉』『万葉の花をいけ る』『大和路の花万葉』『万葉の花』など多数。

――近鉄電車で西大寺から新大宮に向かう途中、車窓から見える平城宮跡のススキに秋の風情を感じました。

ススキはお月見に飾られる代表的な草花で、秋の七草の一つです。『万葉集』には、秋の世俗的な理解に逆らい、ススキの美しい穂を強調した、ちょっとユーモラスな一首があります。

「人皆は 萩を秋と言ふ よし我は 尾花が末(うれ)を 秋とは言はむ」。「みんなはハギを見て一番秋らしさを感じると言うけれども、ままよ私は尾花こそが秋の風物だと言いたい」という主張ですね。

「尾花」はススキの花の形が動物の尾に似ていることから来たものです。晩秋から初冬にかけてススキの花が成熟すると、綿状の毛束になり、風にそよぐ姿は美しく、風に乗って飛んでいくさまはとても幻想的ですよ。

「ススキ」の名の由来については、「すくすく立つ木」から付いたとも、神楽に用いられる鳴り物用の木、つまり「スズの木」のようだから「スズノキ」が「ススキ」になったとも言われています。もっとも、ススキは木でなくイネ科の多年草です。

奈良県と三重県の県境に広がる曽爾(そに)高原には、見渡す限りのススキの原があります。秋が深まると、山肌の全面を覆うかのように、ススキがびっしり。晩秋には、陽光を浴びて尾花が美しく銀一色に輝く、見事な光景に出会えます。初冬の冷たい風が走ると、一斉に波打つ「花芒(ハナススキ)」の景観は大海原を思わせ、別天地に来た心地で、自然の素晴らしさを存分に味わえます。

――御所市の葛城一言主(ひとことぬし)神社では大イチョウが見事に色づきます。

一言の願いであれば何事でもお聴きくださる神様で、「いちごんさん」と親しまれている地元はもちろん、全国的に信仰されています。『古事記』には、雄略天皇が葛城山に狩りをされた時、一言主大神が天皇と同じ姿で現れたので、天皇は大刀に弓矢、衣服を奉献したと書かれています。

イチョウは漢字では銀杏・鴨脚樹・公孫樹と書かれ、生きている化石の一つ。恐竜が全盛を極めていた一億数千万年前の中生代ジュラ紀の頃に栄えて、中生代が終わる7千万年ほど前に恐竜が滅んでも、イチョウはただ一種だけ原産地の中国で生き残りました。後に、それが日本へもたらされたそうです。

ギンナンの特殊な臭みは恐竜が好んだからで、イチョウの繁殖戦略でした。それが今では人が街路樹などで広め、ギンナンは料理に風味を添えています。ギンナンは煎じて服用すると咳(せき)止めやたん切り、滋養強壮の効能があるとされています。

イチョウは、『万葉集』に「ちち」という名前で登場する樹木との説があり、長歌二首に詠まれています。

大伴(おおともの)家持(いえもち)の歌に「ちちの実の 父の命(みこと) ははそ葉の 母の命凡(おほ)ろかに 心尽くして 思ふらむ その子なれやも…(中略)…後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも」があります。序には「勇士の名誉を振るい立てることを願った歌」とあり、「わが子だったらいかなる困難も乗り越えて、後の世の人々にまで語り継がれるような勇士になれよ」と、親の願いを歌ったものです。

――秋の紅葉を代表するのがモミジとカエデです。

モミジとカエデに分類的な違いはなく、同じムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属です。カエデの代表が「イロハカエデ」で、五つから七つある葉の切れ込みを昔の人が「イロハニ」と数えたことに由来するそうです。

カエデ類を総称してモミジと呼ぶことがあり、「イロハカエデ」を「イロハモミジ」とか、単に「モミジ」とも呼ぶこともあります。モミジは赤や黄色に染まった木の葉のことで、色づいた葉「もみつ」が語源です。

万葉名の「かへるで」はカエデ(楓)のことで、葉の形がカエルの手に似ていることに由来し、「かへるで」の「る」が省略されたものです。

大伴田村大嬢(おおおとめ)の歌に「わがやどに もみつかへるて 見るごとに妹をかけつつ 恋ひぬ日はなし」があります。「わが家の庭先で色づいているカエデを見るたびに、美しいそなたの姿が思われて、心にかけ、恋しく思わない日はありませんよ」という、大伴田村大嬢が異母妹の坂上(さかのうえの)大嬢(おおいらつめ)に与えた歌です。二人は大伴旅人の弟である宿(すく)奈麻呂(なまろ)の子で、『万葉集』では男女間の恋歌のほか、肉親や親しい人との歌のやりとりも相聞に分類されています。

――奈良の紅葉の名所は。

奈良公園をはじめ隣接する東大寺大仏殿や興福寺五重塔などが、モミジやイチョウの木々に美しく彩られ、紅葉の中で遊ぶシカは、この季節ならではの風景ですよ。川沿いの遊歩道を歩きながら紅葉を楽しむといいですね。春日大社では、朱塗りの社殿と黄色いイチョウの共演が見どころです。

奈良市東南部の郊外の静かな山間部にたたずむ正暦寺は、本堂周辺に3000本以上のカエデが紅葉することから「錦の里」と呼ばれています。お薦めの紅葉ビューポイントは福寿院の庭の借景で、パノラマの景色が一面に広がり、艶(あで)やかな木々を眺めることができます。同寺は日本酒発祥の地の一つでもあり、境内に生息する酵母を使った日本酒が県内の酒造会社で醸造されています。

天理市の長岳寺では紅葉の季節に合わせ11月30日まで、奈良県文化財に指定されている本堂の「大地獄絵」がご開帳され、期間中の土日、祝日には13時ごろより住職による絵解き説法が人気です。


メモ 京都の学生時代から奈良が好きで、大学1年の5月に自転車で法隆寺に行ったのを皮切りに「古寺巡礼」を重ねた。片岡さんとは1988年に開かれたシルクロード博覧会からのお付き合い。写真は2010年の平城遷都1300年祭で、当時の衣装を着たもの。万葉集は、犬養孝先生の朗々たる歌声に惹(ひ)かれ、山野辺の道を歩きながら口ずさんだ。一番好きな寺は浄瑠璃寺。谷村新司さんの「サライ」のように、昔を「なぞりながら」生きている。

spot_img
Google Translate »