政治に興味のないシングルマザーだった東郷ゆう子さん(41)は2020年に共産党に入党し、今年4月の統一地方選挙で同党公認候補として兵庫県議会議員選挙にも出馬したが、今や党を相手に二つの訴訟を起こしている。何が彼女をそうさせたのか。(政治部・豊田 剛)
母親が先に共産党員になったことが東郷さんの入党のきっかけだった。38歳の当時、東郷さんは2人の子供を持つシングルマザー。母親も女手一つで東郷さんら4人を育てた。電気代やガス代を滞納するパート生活を送っていたある日、東郷さんは母親から「共産党市民アンケート」を依頼された。「コロナでパートの時間も削られ生活が苦しい」と回答した。
翌日、地元の共産党東灘・灘・中央地区委員会の味口俊之神戸市議から電話があり、一緒に区役所の相談窓口に行き、2種類の支援金の申請をした。
市議から勧められるままに2020年8月28日、共産党入党が決定し、仕事先として共産党系の全国商工団体連合会(全商連)に加盟する灘民主商工会(民商)を紹介された。東郷さんは「苦しんでいる個人事業者を助けたい」と思い、同年12月に事務局員として入局した。
22年6月末、兵庫県議選候補者にならないかと、職場の上司である事務局長と味口市議から呼び出された。「もともとノンポリ」で党員歴が短く、2人の子育て中という理由で一度は断った。それでも続く説得に、党に対して不信感を抱くようになった。ただ、選挙のたびに民商職員が選挙運動に駆り出される経験をしたことから、「知らない人の選挙応援に駆り出されるよりも自分が出た方がマシ」だと割り切った。
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23年1月、民商を休職し党に出向、選挙活動を本格始動した。結果は落選。「今となれば捨て駒だった」。東郷さんは、味口氏の市議選とセットで県議選をした狙いが同氏の集票効果を上げるためで、自身は最初から当選しないと思われていたことを後々知る。
出馬に際して、①選挙活動中は休職扱いで共産党が民商と同額の給与保証をする②落選したら復職できる③子育て中であることを配慮し、選挙活動の強要をしない――という条件を味口市議に伝えたという。
ところが、選挙が終わると民商から解雇通知が来た。理由として、①青年部の預かり金保管を懈怠(かいたい)し、損害を出した②欠勤・早退が続いた③勤怠の報告を偽った④出勤停止期間中に、外出してスロットへ配偶者と出掛けた⑤県会議員候補として共産党に出向したが、選挙活動を怠った――と列記されていた。「でっち上げの理由だ」。東郷さんは憤る。
選挙期間中に忘れ難い事件があった。選挙事務所で東郷さんの当選を期す為書(ためが)き(必勝ポスター)がなくなっていたのだ。「貼り方が汚い」という理由で、暴言を浴びせられた。県議候補の東郷さんにとって市議選候補の味口氏が同伴しない遊説が「唯一ほっとする時間」で、「自分の言葉で演説できたため、有権者の反応は一番良かった」と振り返る。
支部会議の場では「(公約など)ぶっちゃけどうでもええねん」「俺らはみんなの関心があることを使って、神戸市を攻撃することやから」などのベテラン党員の発言も聞いた。入党後は、「そんなことも知らないのか」などのセリフで見下されることは日常茶飯事だったという。
「味口市議はずっと偉そうにしていて、誰も何も言えない雰囲気があった。唯一、はっきりモノを言った人物が新参者の私で、邪魔だったのだろう」
こう話す東郷さんは、民商事務局から候補者になった人々の話はよく聞くが、落選した候補者は誰一人として民商に残っていないことにも気付いた。
ストレスが重なるものの、元来ポジティブな性格の東郷さんだが、落選の上届いた解雇通知はショックだったという。
「3日間何も食べられなくなり、嘔吐(おうと)も繰り返した」
東郷さんは21年7月に再婚したが、民商は東郷さんに内緒で夫を2日連続で呼び出し、「横領の疑いがある」などと言いながら解雇を受け入れるよう詰め寄った。夫の助言もあって東郷さんは共産党員のまま党と民商を提訴する決意を固めた(8月25日に党は除籍処分を決定)。
東郷さんの代理人を務める南出喜久治弁護士は「共産党では、異論を述べる者に対しては除名処分という最も重い処分をすることで徹底的に排除する」と指摘する。共産党組織はかなりのパワハラ体質と見える。