先週は、リンゴ園再建を果たした黒田氏が、その成功を自分だけにとどめず、隣国のリンゴ園経営にも支援の手を差し伸べていることを語ってもらった。最終編の今回、温暖化にどう対処すべきなのか、未来にどう向き合うのか聞いた(聞き手=池永達夫)
――昨今の猛暑など温暖化が顕著だが、リンゴ園への影響は。
果実においては、大玉化などによるリンゴ着色不良や果実の軟化・粉質化が発生しやすくなり、収穫前の落果の増加や収穫後の貯蔵性低下が起きている。
また発芽期・開花期が早まることによって晩霜害(おそじもがい)・凍害が増加し、受粉がうまくいかず発芽率低下が起きやすい。
さらに病害虫の生育期間が長くなるため、害虫や病気の発生が長期化するリスクが高まるようになった。
一年生作物では気温の影響を受ける期問が短く、トマトやキュウリなど春に種を蒔(ま)き夏に収穫する作物であれば、種蒔きを早めるなど作期の前倒しで温暖化に対応できる。
一方、果樹は人為的な作期移動ができない。しかも、生育期だけでなく休眠期も明らかな温度反応があり、温暖化の影響は年中受ける。さらに貯蔵養分などを通じて、前のシーズンの気象の影響が翌年になって現れることも多く、気象変動の影響が樹体内に蓄積していくことも考えられる。
永年作物であるリンゴは、一度栽(う)えると数十年間は同一樹での生産を続けなければならない。従って、果樹は他の作目(さくもく)と比べ温暖化の影響が著しい上に、他の作目より10年以上早くからその対策を取る必要がある。
――どういった対策が必要となるのか。
環境の急激な変化は、今までの経験や技術では対処できない未踏の領域に入ってきており、品種や栽培方法の根本的な見直しを図っていく必要がある。
例を挙げれば秋になっても雨が多く温度が高くなれば、フジの熟度が遅れ蜜入りや糖度が上がりにくくなってしまう。そのため施肥や剪定(せんてい)を控え、樹(き)を強勢化させないことが大事だ。
畑ごとに皆同じ管理ではなく、リンゴの生理をよく理解し、個別のきめ細かい管理が必要になってくる。
これからは生き残りを懸けた自然との闘いとなる。
――獣害は。
暖冬により鳥獣の生存率が上がり、被害が増えつつある。
大子町にはシカの被害はないが、イノシシが増加しており、1メートル程度の高さになっているリンゴは食べられてしまう。
――リンゴの木と相性のいいコンパニオンプランツは。
クローバーとケンタッキーブルーグラスがある。
マメ科のクローバーは、空気中の窒素を取り込む根粒菌を根に付け、リンゴの木に養分を供給してくれる。ケンタッキーブルーグラスはゴルフ場に植えられている寒さにも強い洋芝で、リンゴの木に有害な土壌菌を抑えてくれる。
――わが国の食料自給率が低いままだ。
わが国の食料自給率が好転しない理由は、高齢化による農業生産者の減少、それに伴う耕作放棄地の増加といった、農業そのものの衰退が挙げられる。若者の農業離れや少子化が後継者不足と労働力不足に拍車を掛ける。
リンゴ産業もその例外ではない。近年少しずつ若者の就農者が増えてきているが、まだ十分とは言えない。
――原因は。
今までの農業のイメージの悪さもあると思うが、教育の問題があるのではないか。
欧州視察の折に感じたことは、食や農業を守ることの大切さがしっかりと教育されていることだった。政府も度重なる戦争などから自国の農業を守ることの大切さを身に染みていて、絶対自国の農業を弱めるような政策は取らないし、マスコミもその姿勢において同じだ。この点がわが国と天地の差があるところだ。テレビが激安スーパーで野菜の安売りを盛んに放送する姿を見て、情けなくなる。
また、新規就農者に対する教育プログラムなども考える必要がある。猛暑の夏場に実が傷まないよう、実を間引くときにはなるべく葉に隠れるものを残す。
――これからどのような時代になっていくのだろうか。
否定的な内容もたくさん待ち受けてはいる。しかし、夢と希望を持って考えていくと、実に面白く楽しい気分になっていく。
スマート農業にも興味がある。これは農業人口の減少や少子高齢化などの社会問題を背景に、ロボット技術やICT(情報通信技術)を活用して、人の労力に頼らない農業を実現しようとするものだ。例として、農作業の自動化、ノウハウのデータ化、データ分析による精密農業などがある。
こうした展望を考えるとワクワクする。経営においても個人事業主から、会社としての経営に変換していくのも面白い。
次世代に夢と希望を与え、事業継承をいかにしていくかを考えるのも、われわれ年配者の務めだと思う。
【メモ】父親が事業に失敗し、3億円の負債を抱えた当時、黒田氏は学生だった。急に仕送りが途絶え、苦学しながらも何とか学業を終えた。今度は父親の借金の返済のため、身を削る苦労を20年近く続けた。借金の返済が終わったのは、45歳の時だったという。苦労人でありながら、いつも未来を見据え、打つべき手を着実に打ってきた。黒田氏のそうした前傾姿勢に敬意しかない。