【持論時論】国内トップの高品質化へ 続・感動と幸せのリンゴ―(株)黒田りんご園 代表取締役 黒田 恭正氏に聞く

韓国・聞慶市へ“大使” 相互訪問がライフワークに

先回は、3億円の借金を抱えながらリンゴ園再建の夢を捨てず、美味(おい)しいリンゴ作りを目指した苦労話を聞いた。(株)黒田りんご園の代表取締役・黒田恭正氏は、その成功を自分だけにとどめず、隣国のリンゴ園経営にも支援の手を差し伸べている。(聞き手=池永達夫)

韓国・聞慶市でリンゴの栽培を指導する黒田氏=本人提供

――隣国・韓国にも“リンゴ大使”として、指導育成業務に従事している。

韓国慶尚北道の聞慶(ムンギョン)市において20年前はリンゴ農家が1400軒あったが、後継者がなく、衰退していくばかりだった。プロジェクトを立ち上げ教育システムを充実させ、コンサルティング業務などを通して意識改革を促したところ、現在は2000軒近くなり、韓国で一番高品質のリンゴを生産する産地として名をはせるようになった。リンゴ農家としては韓国でトップの収入を得るようにもなった。

今は若者が非常に増えている。大切なことは、モチベーション(目的意識)を高めること、若者に将来の夢と希望を持たせることだ。リンゴ作りの面白さや楽しさを如何に教えられるかが肝要となる。

コロナ禍で3年ほどブランクが発生したが、20年前から続いている聞慶市のリンゴ農家の黒田農園への視察学習は今年から再開し、年初からすでに4回ほど訪問団が訪れた。大体、一回20人規模のリンゴ農家が訪れる。

――それだけ注目を浴びるわけだから、聞慶市のリンゴ農園の変革が一気に韓国のリンゴ農園全域に拡散していくことには。

そうならないのがいかにも韓国らしいところだ。日本だとリンゴ農家のみならず、一般的に勉強熱心で成功事例が出れば、すぐに学習し成功事例の普遍化が起こるが、自尊心の塊のような民族だからなかなか学習しようとしない。

――リンゴ農家としてレベルアップするには、何が問われるのか。

学ぶべき技術はいろいろあるが、何より精神的なものが大きく影響する。

技術だけ勉強して、いいリンゴが出来るかというと、それは絶対できない。

リンゴ作りに取り組む姿勢、それからやはり自分の生活や人生に対する姿勢、そういうものがちゃんとしていないと技術というものは身に付かない。技術とは総合的なものだ。

初めに自分がどのようなリンゴを作りたいのか、どのような経営をしていきたいのかといった目標をしっかりと持たなければならない。

リンゴ作りは難しい技術はいらないし、特殊な技術があるわけでもない。

ただ、基本的なことをしっかり理解して、それを忠実にできるかということなのだが、それが結構、難しい。人間の心に潜む欲とか、怠け心がそれを邪魔するからだ。

もう一つ大事なのは、物事の優先順位をしっかりと見極めることだ。

今、何が一番大切なのか、今何をしなければならないのかという順序を間違えないことだ。何事もうまくいかない人を見ると、どうでもいいことに気を取られ、やるべきことができていない。

特に目先の欲、それにいかに打ち克(か)てるかが問題だ。

そのためには、常に長期的な視点で物事を考えることが必要となる。

長い目で見たときに、どちらに益があるかということを考えなければならない。人生もリンゴ作りも同じだ。常に目先の欲との闘いだ。自覚しておかなければならないのは「目先の欲は必ず損をする」ということだ。これがなかなか分からない。

韓国の場合、ちょっとお金が入ってくると、すぐ車を買ったり、家を建てたりする。

そうではなく、家や車はお金があれば何時(いつ)でも買うことができるものなのだから、まず自分の生活基盤をちゃんと確立することが大事だ。

農業の機械を買ったり、リンゴ園を整備したりとか、まずそのことを先に考えないと駄目だ。

また、お金が儲(もう)かったら社会に還元することを考えなくてはならない。

自分だけ良くなろうとするのではなく、皆(みんな)で良くなろうとしなければならない。皆で協力し合えば、より大きく発展することができる。彼らにいつも言うことは、国々や社会の平和と安定があって初めて自分たちの生活が保障されるということだ。

――その効果は。

初めはバラバラだった聞慶市のリンゴ農家の人たちも、だんだん皆で協力することができるようになってきている。

それと韓国の人たちから、「日本が好きになった」とか「日本に行くのが隣町に行くような感覚になった」、「テレビで日本の悪口を言っていても、自分たちはそのように思えなくなった」といったことを聞くようになって、とてもうれしく思う。

こうした輪をもっともっと広げていきたいと思う。

そしてこうした活動を通して、近くで遠い国といわれる日韓の歴史的な溝を少しでも埋めることができれば望外の喜びだ。

聞慶市へは初め、友達に誘われて少し見てみようというぐらいの気持ちだったが、韓国との相互訪問が、いつの間にか私のライフワークのようになってしまった。

――韓国以外へは。

中国の西安から、教えに来てくれとの要請を受けている。


【メモ】黒田りんご園では、リンゴが成熟期に入ると地面に白いシートが敷かれる。リンゴが太陽光を上からだけでなく、下からの反射光も吸収して、赤くて美味しいリンゴを育てるためだ。そのため、袋掛けもしない。見た目の良さより、天然の美味しさを追求するためだ。取材の帰り道、野球の部活を終えた高校生2人と擦れ違った。アフリカ辺りからスポーツ留学している子かと見違えるような黒さが、実に健康的で印象に残った。その日焼した黒さとリンゴの赤さが重なって見えた。

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