信頼性失った米の「核の傘」 日本安全保障フォーラム会長 矢野義昭氏(下)【連載】核恫喝時代―識者インタビュー(3)
――ロシアのプーチン政権は、ウクライナ戦争での核兵器使用の可能性に言及してきた。
ロシアがウクライナで新たに核兵器を使用する危険性は、プーチン大統領が敗北以外の選択肢がないと判断した場合に現実味を帯びる。しかし、核戦争にまで発展させれば、さらに制御不能となり、プーチン氏にとってよりリスクの大きいものになるだろう。
核兵器を使用する動機はあるとしても、実際の使用には大きな抑止要因がある。
――ロシアが核兵器を使うとしたら、どのように使うのか。
ロシアが核兵器で北大西洋条約機構(NATO)諸国を攻撃すれば、ロシアは核の反撃を受けるだろう。だから、ウクライナ国内で核兵器を使用する可能性の方が高い。
プーチン氏は、政治的効果だけでなく、例えばウクライナ軍の大半を破壊させるなど作戦上の効果も狙うだろう。だから単発ではなく、5~10発使用する可能性の方が高い。それは、世界に衝撃を与えるだろう。
――欧米諸国がウクライナへの支援を遅らせた点で、この核の脅しは効果的だったか。
そうだ。ロシアは核の脅威をうまく利用し、西側諸国の国民に恐怖を抱かせてきた。ただ、NATOの核抑止力もロシアを制約する効果があった。双方とも、望ましくない形で戦争が拡大することを懸念せざるを得なかった。
しかし、プーチン氏は、何度も威嚇を用いることにより、核戦争を実際に起こす意思があるというよりも、核のブラフ(脅し)に専念しているように見えてきた。つまり、脅しは実行しなければ、徐々にその効果を失うということだ。
――中国は急速に核戦力を増強しているが、今後どうなるか。
中国の核戦力は拡大し、より質が高く、多様なものになると予想する。中国は宇宙への核兵器配備を模索している。また、核・非核両用のミサイルを戦域レベルで増強している。10年後には、現在と非常に異なる核態勢になる可能性がある。
――中国は戦域レベルの中距離ミサイルを数多く持っているが、米国にはほとんどない。この格差について、どう考えるか。
それは格差というよりも非対称性だと考えている。米国は中国に対し、同じ武器と数量で対抗する必要はない。なぜなら、米国には独自の戦略があるからだ。
米国の核の傘は、敵の攻撃の方法や性質に応じて、適切な水準で対応できるものでなければならない。また、その核戦力は、敵の攻撃を生き延びて使用できるものでなければならない。
米国は航空機から戦域レベルで核兵器を使用する手段を持っている。また、海洋発射核巡航ミサイル「SLCM―N」を開発すれば、かつてトマホークに核兵器を搭載していたときと同様に、海上から発射する能力を持つことになる。
――しかし、バイデン政権はSLCM―N開発計画を中止するとした。
バイデン政権は提案をしたが、それを決める議会では、民主党を含めてSLCM―N計画の継続に全力を挙げているようだ。
米国は、10年にわたる戦闘爆撃機F35と関連爆弾の近代化を完了している。バイデン政権は、そのF35とその長射程のスタンドオフミサイルが、地域レベルで重要な役割を果たすと主張しているが、それには説得力がある。
私はSLCM―Nの開発と配備を支持しており、米国の核の傘に重要な付加価値を与えると考える。ただ、それがないとしても、核の傘は依然として強力だ。(聞き手=ワシントン・山崎洋介)