信頼性失った米の「核の傘」 日本安全保障フォーラム会長 矢野義昭氏(下)【連載】核恫喝時代―識者インタビュー(3)

やの・よしあき 1950年、大阪生まれ。京都大学卒。74年、陸上自衛隊入隊。兵庫地方連絡部長、第1師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。2006年、小平学校副校長をもって退官(陸将補)。現在、日本安全保障フォーラム会長、岐阜女子大学特別客員教授、元拓殖大学客員教授。著書に『核抑止の理論と歴史』など。

核恫喝時代―識者インタビュー(1)北朝鮮の核 標的は日本か

核恫喝時代―識者インタビュー(2)人命を顧みない中国の恐怖

――中国の核の脅威に対し、米国の「核の傘」の信頼性はないということか。

ない。米国で2006年ごろに行われた米中核戦争のシミュレーションでは、米国が先制攻撃した場合は中国側に2600万人、中国が先制攻撃した場合には米国に3000万~4000万人の死傷者が出るという結果が出た。米国は都市部に人口が集中していることに加え、米国の核は相手の核戦力をつぶすことを第一目標にしており、大量の死傷者が出る水爆など大出力の対都市攻撃力を主にした、住民を人質に取るような核戦力体系になっていないからだ。

中国は逆で、基本的に先制攻撃はしないが、攻撃されたら直ちに相手国の都市部を攻撃し、国民を大量に殺害するためにメガトン級の水爆核弾頭を主にした核戦力体系を持っている。だから弾頭数は少なくても中国は米国により大きな人的被害を与えられる。

米国の核は質・量ともに増やすどころか、むしろ減らしている。また米国は1992年以降、核実験も行わず、新たに核弾頭を開発・生産することもしていない。このため米国の核弾頭は既に耐用年数の20年を過ぎており、設計通りの性能を発揮するか分からない。2030年ごろには物理的に信頼できないものになってしまう。運搬手段も老朽化している。

これに対し、中国は核弾頭を増産し、運搬手段もミサイルを多弾頭化し、精度も飛躍的に向上させている。米国と実質的に相互抑止に近い状況になってきている。

米露が中距離核戦力(INF)全廃条約に縛られている間、中国は一方的に中距離核を増強した。今では核搭載可能な各種中距離ミサイルの2000発前後の核弾頭が日本に向けて配備されているとみられている。米国の戦術核はロシアの10分の1以下しかなく、しかもその主力は欧州と米本土にあり、インド太平洋正面には数十発程度しかないだろう。

――日本はどうすればいいか。米国と核兵器を共同運用する「核共有」はどうか。

米海兵隊員によってマリーン・ワンに運ばれる核発射コード、通称「フットボール」=2022年10月7日、ワシントンDC(UPI)

それは駄目だ。欧州で行われている核共有は、ただのシンボルだとキッシンジャー元米国務長官もはっきり言っている。参加国は戦闘爆撃機で模擬の核弾頭を投下する訓練を行っているが、実質的には意味がない。実際には爆撃機で核を投下しようとしても、ロシアの濃密な対空ミサイル網で撃墜される。

最も重要なことは、最終的な使用権は米大統領が握っており、仮にドイツが使用を求めても米大統領がノーと言えば核使用はされない。つまり核の傘は提供されない。核共有は核弾頭をどこに置いているかだけの話で、核の傘の信頼性の向上にはならない。むしろ自国の国内に新たな敵の核攻撃目標をつくることになる。

――日本は独自に核保有するしかないということか。可能だろうか。

やろうと思えばできる。弾頭は設計上起爆するというものであれば、数週間で造れる。固体燃料ロケットは既に宇宙航空研究開発機構(JAXA)にある。

――運用形態は。

望ましいのは潜水艦型だが、地下に隠してもいい。専門家の話では、弾道弾搭載型原潜6隻と攻撃型原潜12隻からなる潜水艦隊の建設・配備・訓練・運用等のコストは10年で10兆円、年間1、2兆円くらいだ。

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