【持論時論】台湾制圧には戦力不足 どこに向かう中国〈下〉―拓殖大学名誉教授 茅原郁生氏に聞く

戦意支えるプライド 「核先制不使用」撤廃を危惧

眼目は習一強体制の安定 どこに向かう中国〈上〉

先回、茅原氏は習近平総書記の保身的な感性に触れた。権力闘争に負けた父親を反面教師にし、保身的な感性が強く働くようになったという。その感性からして、茅原氏は台湾は中国にとっておいしい果実だけに、リスクまで犯して急ぐことはなく熟柿作戦を取ると分析した。続いてウクライナ戦争が中国にどういうインパクトを与えたのか聞いた。(聞き手=池永達夫)

かやはら・いくお 1938年7月14日、山口県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊入隊、第7師団司令部幕僚長、防衛研究所国際地域研究部長を経て拓殖大学教授(2009年定年退職)。著書に『中国軍事論』『中国の軍事力―2020年の将来予測』『中国人民解放軍』など多数。

――ロシアのウクライナ侵略戦争で中国が得た教訓は。

ウクライナは旧ソ連邦の中では力のある、しかも核まで配備されていた要衝だった。ソ連崩壊後、北大西洋条約機構(NATO)の東欧拡大が進んで、リトアニアとか小さな国が皆なびいていく中で、ウクライナだけ残っている。

だからウクライナは絶対に譲れないバッファゾーン(緩衝地帯)だとの認識が、ロシアにはある。

ただロシアのウクライナ侵攻が端的に示しているように、大軍を真正面に投入しても簡単にはいかなかった。

ロシアのウクライナ侵攻は、詰めの甘さが目立ったが、国民の愛国心や民族意識なりプライドなりが戦意につながることを示した。

この無視できない内的パワーを中国は知った。

台湾の世論調査を見る限り、中国人であることは否定してはいないけれども、中国と一緒になるのはいやだとの基本認識がある。それを習氏が、どう評価するかだ。ゼレンスキー政権のようなしぶとい政権ができて、徹底抗戦に出てこようものなら、そう簡単にはいかないぞと警戒するだろう。

しかも半導体では、中国が台湾に依存せざるを得ないような状況だ。さらに、米国が台湾の安全保障に関心を強めており、本気で反発しかねない懸念も残る。

習氏にしてみれば、せっかく国内での自分の体制を固めたのに、それをひっくり返すようなリスクを取る必要はない。

そもそも島を獲(と)る「渡洋作戦」というのは、困難を伴う。第2次世界大戦末期、米軍が硫黄島や沖縄を攻めて来た時、日本軍の3倍もの戦力を投入しながらも、大苦戦している。犠牲者は米軍の方が多いぐらいだ。戦いは最終的には陸上戦闘になるのだけど、渡洋作戦は島に上陸する前段階の作戦があり、制空権を押さえた空軍の支援の下、海軍の力で戦力を目標地点まで輸送・上陸させないといけない。その後、戦力を逐次、増強しながら橋頭保(きょうとうほ)用域を拡大していく。その橋頭保も第二、第三橋頭保を完成させて初めて港湾を整備し船を直接、着けることで物資や人員を運び込むことが可能になる。それまでは至難を極める大変、難しい戦争になる。結局、強襲揚陸艦に戦車や武装兵を載せて、旅団単位の戦力を砂浜に上げないことには橋頭保すらできない。

今、中国にある強襲揚陸艦はまだ少ない。これだけで台湾を制圧する兵力を送り込むことは難しい。

その前に制空権を確保しないといけないが、今日の中国の空母は、スキージャンプ方式の空母しかない。その台湾海峡の制空権を、自前の空母で確保できるという自信はないだろう。

空母の世界では米が圧倒している。

米空母は大きな甲板を持つけど、発進に使うのは前の100メートル前後だけで、ジェット戦闘機を発進させながら着艦させられる。

 米空母のスチームカタパルト方式というのは、フックに引っ掛けて短いカタパルトだけで飛び立たせる。パチンコと同じだ。それが前方に2、3本ある。だから短い時間内に戦闘機を繰り出せ、戦力の有効活用が可能となる。それで弾薬・燃料を使い切った飛行機に再補填(ほてん)してパイロットを交代させ、再び戦闘空域に発艦させるなど短時間内に航空戦力の発揮が可能になるという高い作戦能力に繋(つな)がっているが中国空母にはそれがない。

米空母は80機から100機程度しか搭載していないけれども、離・発艦の効率性に優れ、空母1隻の機動戦力は高いものがある。

何より中国空軍最大の弱みは、ジェット戦闘機のエンジンを自国で開発できないことだ。

――中国はスホイを生産しているが、エンジンは。

未(いま)だにロシアから購入している。

――中国がウクライナ戦争で得たその他の教訓は。

 プーチン大統領は核の威嚇を利用し、欧米に対しウクライナ支援をけん制したが、その効果を教訓として得たように思う。

――中国は核の先制攻撃はしないとしてきたが、その縛りを取り払う懸念は。

有り得る。

先制不使用というのは、中国の核政策の特色だった。中国は米露にも、先制不使用宣言を迫った経緯がある。

もし中国がその先制不使用を撤回した場合は、大きな変化となる。

――その中国の先制不使用撤回のタイミングは、どういう条件が整った場合が考えられるのか。今は米国の方が核弾頭数は多いものの、中国は核弾頭増強に邁進(まいしん)している。その核弾頭数がパリティーになった時が効果的なのか。

量というよりは、米に大被害を与える核戦力の構築ができた時になるのではないか。

――南シナ海というのは大陸間弾道弾を積んだ核原潜を沈めておくには、格好の場所とされる。

南シナ海は十分な深さがあり、米をにらんだ戦略海域になっている。

ただ、中国は第1列島線を超えて第2列島線まで出ている。そこまで出れば、核原潜にとっての南シナ海の意義は変わるのではないか。

――昨年2月の中露首脳会談では「上限無き友好関係」を強調したが、中露関係は。

基本的に、相互に信頼はしていない。

――同盟国家でもなく、敵の敵は味方といった現実主義的絆の次元ということか。

それを乗り越えて、共同連携するような体制になれば、西側諸国にとって危惧すべき安全保障上のリスクになる。中露間のの同盟化は何としても避けたいものだ。

その意味では、中露同時に事を構える米国の二正面作戦は危ういと危惧している。主要敵は一つに絞るべきだ。

――日米にとってインドの地政学的価値は。

はっきり言えば遠交近攻だ。インドと仲良くし、中国ににらみを利かせることができる。


【メモ】孫文は、中国人を「砂のような民族だ」と指摘した。強く握っていないと、砂はバラバラになってしまうが、だからといって習近平一強体制が正当化されるわけではない。インタビューの中で茅原氏は、「一強のひずみ」を指摘した。習政権が文化や教育、思想にまで介入しているのは、「一見するとガチガチに固めた強固さが目立つが、恐怖におびえた砂上の楼閣にすぎない」との指摘は、ストンと腑(ふ)に落ちた。

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