【持論時論】眼目は習一強体制の安定 どこに向かう中国〈上〉―拓殖大学名誉教授 茅原 郁生氏に聞く 

台湾併合は急がず 失敗すれば独裁体制崩壊も

鄧小平時代に改革開放に大きく舵(かじ)を切った中国は、習近平体制下の強権統治で縛りを強める。国際戦略としての一帯一路も10年が経過した。中国はどこに行こうとしているのか、その大局観を拓殖大学名誉教授の茅原郁生氏に聞いた。(聞き手=池永達夫)

かやはら・いくお 1938年7月14日、山口県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊入隊、第7師団司令部幕僚長、防衛研究所国際地域研究部長を経て拓殖大学教授(2009年定年退職)。著書に『中国軍事論』『中国の軍事力―2020年の将来予測』『中国人民解放軍』など多数。

――習近平政権の関心事は何か。

習主席の狙いは二つある。一つは国共内戦の勝利で獲得できた独裁体制の確立であり、もう一つは習氏が頂点に立つ専制主義の習一強体制の安定にある。

中国は中華人民共和国を名乗っているが、その実態は共和国ではなく帝国だ。紀元前3世紀前の秦の始皇帝以来、延々と続いてきた中央集権的な帝国だ。習氏は、その帝王になろうとしている。共産党独裁体制というものを絶対視し、自分たちが権力を維持したいという念願がある。

習氏の父親で副首相を務めるなど共産党幹部だった習仲勲氏は主要な役割を果たしながら、毛沢東ににらまれ、鄧小平からも疎まれた。それで、習氏は多感な青年時代、農村に下放になった。習氏の場合、革命を知らない幹部子弟の中では際立って辛苦を味わっている。その結果、権力闘争に負けた父親を反面教師にし、保身的な感性が強く働く。

だから共産党独裁体制の制度の上に乗り、自分の権力を増強させながらやっていこうとしている。

――習氏が2013年に言い出した一帯一路から10年が経過した。ユーラシア大陸の東西を陸路と海路で結ぶ一帯一路の目的は何だったのか。

中国は西沙諸島をベトナムから取った1976年、初めて海洋進出を始めた。

文革が終わり、世界に出て行こうとした時、海洋進出が一番手っ取り早かった。それが太平洋だった。それで第1列島線、第2列島線を引いた。

ところが中国が最初に遭遇したのは、米国と角逐を余儀なくされる戦略海域としての太平洋だった。そこでは圧倒的な海軍力を持つ米国に妥協せざるを得なかった。力の信奉者である中国は、自分より強い相手に対し基本的に事を構えることはしない。一帯一路は太平洋正面に出ようとした中国が、米とぶつかって東進をいったん棚上げし、西進に動いてユーラシア経済圏を構築することで力を蓄えようとしているものだとされる。

西にただ向かって行くだけじゃない。その頃、中国経済も発展してきて、最大の市場は欧州連合(EU)になった。

それで欧州と直接結び付くメリットに気が付いて、それが西に向かう力を支えた。

ユーラシア大陸の東西を結ぶ「現在のシルクロード」の支配力を増強させながら、欧州と直結する。

海でもマラッカ海峡を経てインド洋を越えて行けば、米国と直接、対峙(たいじ)することはない。

そういう意味では米国との妥協の産物であったし、米国の圧力を避けるための一帯一路だった。

ところが、自らの経済力と軍事力が身に付くことで米国に遠慮しなくていいじゃないかという機運の中で、一帯一路のねじを再度巻き始めた。その頃言われたのは、南シナ海を拠点にして南太平洋諸国にまで手を延ばし、その延長線に南米をも一帯一路で視野に入れているというものだ。

――一帯一路の図を見ると、ユーラシア大陸の南北だけでなく南太平洋にも延びている。それが南米にまで手を延ばすということなら、米国包囲網を構築する国際的な布陣となる「鶴翼の陣」ではないのか。欧州の力を取り込みながら欧米分断を図り、ユーラシア大陸の地歩を固めつつ南米にも手を出す。

世界貿易機関(WTO)加盟後、経済のグローバル化の中で、全世界を俯瞰(ふかん)するという発想が中国の中で起きている。

習氏からすると、1期目に「ハエも虎も叩(たた)く」と汚職退治をやって、その名において政敵を全部、つぶしていった。さらに国民的な人気も得た。2期目になって、国内の政治基盤が固まり自信が持てるようになってから、米国を考えるようになったように思う。

それまでは習氏というのは、非常に慎重だ。よほど自信がないとやらない。そういう意味では台湾併合というのは、近い将来、強行は控えるのではないか。

――米軍内部からは、2027年までにはという話も出ている。

 強軍化を急ぐ米国からすれば、その方がメリットがある。

――ただ、習氏が皇帝型統治を進めていく上で、台湾併合というのは絶対、欲しい実績のはずだ。国民党との内戦で勝利した毛沢東も、蒋介石が逃げ込んだ台湾を取れなかったし、鄧小平も香港は英国から取り戻したが台湾併合まではできなかった。習氏が台湾を取れば、毛沢東、鄧小平を超えたといえる実績となり、皇帝型統治にお墨付きが得られる。

しかし、リスクはある。失敗したら自分の地位のみならず、中国の共産党独裁体制そのものが崩壊するかもしれないとの基本認識はあるだろう。

習氏からすれば確信が持てればやるだろうが、確信が得られる前に敢(あ)えてリスクを犯す必要はないということだろう。

――まずは、来年1月の台湾総統選挙が焦点となる。中国がその前に強硬姿勢を見せ、前回の失敗を繰り返すことはないだろう。中国からすれば孫氏の兵法の「戦わずして勝つ」のがベストで、まず内側から崩そうとする。そのためには選挙の介入を当然やってくる。

あの手、この手でやってくるのは間違いがない。そういう謀略にたけているのが中国共産党だ。

だが、台湾というのはおいしいオブジェクトであるだけに、リスクまで犯して急ぐことはない。熟柿戦略ではないが、後から頂ければ十分という読みがあるのではないか。


【メモ】中国の安全保障を研究してきた茅原氏の門を叩いて、20年以上が経過した。会えば、その都度、ガツンと頭を叩かれたような中国観の変更を迫られた。今月、85歳を迎えた茅原氏は歩く時、2本の杖(つえ)が必要だ。陸上自衛隊勤務時には重い装備を担ぎ、夜40キロの行軍の後、早朝、突撃訓練をした。おかげで半月板がすり減っているどころか、なくなってしまっている。膝関節の劣化は、陸上自衛隊の職業病でもある。それでも毎月1回は、長年勤務した拓殖大学の図書館にまで足を延ばし、中国語資料を読み漁(あさ)る。楽隠居を良しとせず、今でも活字上の行軍に身を置く茅原氏は、やはり「陸軍」出身者なのだと、つくづく思う。

spot_img
Google Translate »