中国の「認知戦」の脅威 台湾人の抵抗意思くじく 沈伯洋・台北大副教授(上)

台湾有事への懸念が高まる中、中国が台湾に仕掛ける「認知戦」が激しさを増している。認知戦は民主主義社会の言論の自由を逆手に取り、民意を誘導して政治決定に影響を与えようとするもので、陸海空・宇宙・サイバーに続く「6番目の戦場」とまで言われるほどだ。台湾で民間人を対象に防衛講習を行う「黒熊学院」の発起人の一人、沈伯洋・台北大学副教授に認知戦の実態や対応策を聞いた。(聞き手=村松澄恵)

沈伯洋(しん・はくよう) 1982年生まれ。台北大学犯罪学研究所副教授。弁護士資格を持つ。民間防衛講習を行う「黒熊学院」発起人の一人。中国発の偽情報を研究・分析する「台湾民主実験室」の理事長なども務める。
(写真は台北大学ホームページより)

――中国が台湾に対して認知戦を行う狙いは。

短期、中期、長期の目標がある。短期的には台湾の世論を分断し、社会的対立を引き起こすことだ。社会が混乱することで、台湾をより操作しやすくなるからだ。

中期的には台湾人が日米を信頼しないように仕向けることで、国際的な孤立感を助長する。

長期的には台湾がチベットのように中国と和平協定を結ぶか、有事の際にすぐ投降させることを目指している。

台北市内で行われた民間防衛講習で中国の「認知戦」の実態について講義する沈伯洋・台北大学副教授(村松澄恵撮影)

――多くの専門家が認知戦は武力による中台統一より脅威だと指摘している。

戦争を行うよりもコストがかからないからだ。例えば、ミサイル1基を製造する資金で、中国に有利な内容を拡散するインフルエンサーを20人以上買収できる。彼らによって影響される人が多いほど、中国は少ない労力で台湾を併合できる。

中国が台湾に武力侵攻した場合、国際社会からの非難は必至だ。なぜ侵攻を行ったのか各国を説得しなければならない。台湾人が中国と一つになることを望めば、問題は解決するため、認知戦が脅威となる。

――中国の認知戦への対抗策は。

最も効率が良いのは、中国と同様に認知戦を行ってバランスを取ることだが、道徳的な問題と予算の制約でできない。中国からの攻撃を遮断する以外に方法はない。

対抗策としては、中国が実際に何を行っているかを多くの人に理解してもらうことだ。しかし、ネット上で文書を公開しても読むとは限らず、理解を得るのは難しい。

だからこそ、民間で防衛講習を行う「黒熊学院」を立ち上げ、台湾各地で対面式の講習を行っている。

中国は人々のつながりを分断することで、社会を混乱させようとしているからこそ、人々の間に強固な信頼が必要になる。考え方や立場の違う人に実際に会って交流を行うことがその基礎になると私は考えている。

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沈伯洋・台北大学副教授の講義に耳を傾ける民間防衛講習の参加者たち(早川俊行撮影)

――台湾で中国に有利な情報を拡散する人は買収されているのか。

台湾には中国寄りの人もおり、買収される人ばかりではない。彼らは、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で見つけた真偽不明の情報を台湾で拡散し、それを見た人は影響を受けてしまう。

また、買収されているのはインフルエンサーだけではない。里長(町内会長)や大学教授、宗教家などもそうだ。

例えば、ある里長は中国からトレーニング器具などの贈り物を受け取り、台湾で「これらの器具はすべて中国が贈ってくれたものだ。中国は世間で言われるほど悪い国ではない」と広めていた。

他にも、人民元の方が台湾ドルよりも通貨価値が高いので、中国と平和協定を結べば、台湾人の銀行口座の資産価値が跳ね上がると話したりしている。

大学教授であれば、中国共産党の中央統一戦線工作部(統戦部)と関係があり、法輪功やウイグルなどについて話をしている学生の名簿を作る人もいる。

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