トップオピニオンインタビューデジタル社会の陥穽 求められる「情報的健康」 メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄氏に聞く

デジタル社会の陥穽 求められる「情報的健康」 メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄氏に聞く

正せ“情報の偏食” 時にはデジタル・ダイエットも

政府は2021年9月、デジタル社会実現の司令塔としてデジタル庁を発足させた。デジタルの活用により一人ひとりのニーズに合ったサービスを提供することで、多様な幸せを実現する社会を目指すと説いているが、その一方でデジタル社会の弊害も指摘されている。デジタル化の進展による情報過多・偏重社会の到来は人間個々人の人生、社会生活の営みにどのような弊害を引き起こすのか、また、その処方箋についてメンタルヘルスカウンセラーの根本和雄氏に聞いた。

(聞き手=湯朝 肇・札幌支局長)

ねもと・かずお 1937(昭和12)年生まれ。盛岡市出身。岩手大学教育学部卒業(教育学士)。平和台病院・心理研究室長を経て光塩学園女子短期大学・教授(臨床心理学)。97(平成9)年より同大学客員教授(メンタルヘルス)。現在、国土交通省北海道運輸局・嘱託カウンセラー、北海道食育コーディネーター。著書『理解とふれあいの心理学』他多数。

――デジタル社会の中で中核をなしているのがさまざまな機能を持ち合わせるスマートフォン(スマホ)です。一方でスマホの弊害も指摘されています。スマホの使い過ぎは人間の心身にどのような弊害を与えるのでしょうか。

スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセンは2019年に『スマホ脳』という書物を著し、スマホに依存した生活における弊害について幾つかの点を挙げています。それによれば、①スマホが及ぼす最大の影響は「時間を奪うこと」。しかも、それによって「睡眠を充分にとる時間が無くなり、鬱(うつ)になる」危険性が高まること。②極度の睡眠不足は人間の機能を低下させる。ちなみに、1日6時間以下の睡眠が10日間続くと、24時間起きていたのと同じくらい集中力が低下する。

また、③睡眠不足をもたらす要因はパソコンやスマホのディスプレーから発する青色のブルーライトと呼ばれる可視光線によって、睡眠を促す物質のメラトニンの分泌が抑えられてしまうことによる。従って、睡眠をしっかり取るにはパソコンやスマホなどは2時間経(た)ったらやめることが大事。さらに、④スマホに依存すると「共感性配慮」(つらい状況の人に共感できる能力)の低下と「対人関係における感受性」を減退させる―とハンセンはスマホ脳への警鐘を鳴らしています。

世界保健機関(WHO)によれば、人類の10人に1人が「不安障害」を抱えているとの報告を出していますが、その要因として「体を動かさなくなったこと」を指摘しています。

――スマホ依存が人間の脳、あるいは生活に影響を与えていくというのは科学的に実証されているのでしょうか。

例えば、17年に雑誌「精神医学」で報告された「夜間ネット作業時の唾液中メラトニン」によれば、22時から24時までの間にスマホやインターネットでゲームをする際に、ブルーライトカットの眼鏡を付けた場合と付けない場合のメラトニンの分泌量を比較したところ、眼鏡を使用しないとメラトニンの分泌が抑制され、使用した方がメラトニンの分泌は多かったことが明らかにされています。

また、スマホゲーム、インターネットに依存し過ぎると脳の前頭前野の機能低下が認められています。この分野は社会的・理性的な判断に関わる分野で、ここの機能が低下すると正しい判断や行動ができなくなり、いわゆる“キレる、衝動に駆られやすくなる”というわけです。すなわち、スマホゲームを長時間行っていると体への影響では食べない、動かない、眠らないといった「生活の乱れ」が生じ、精神的には意欲の低下、イライラ、攻撃的・キレやすいなど感情のコントロールが困難になり精神的不安を抱えることになります。

18年、WHOは国際疾病分類に「ゲーム障害」を加えることになりました。なお現時点で医療の分野では「スマホゲーム依存」という言葉は使われていません。ただし、社会一般では「スマホゲーム依存症」という言葉は使われていますし、現に樋口進・久里浜医療センター院長が『スマホゲーム依存症』という書物を著しているように医療従事者の間で使っている方もいます。

――「スマホ依存」「インターネットゲーム依存」といった弊害が声高に叫ばれているにもかかわらず、政府は今デジタル社会を推し進めようとしていますが。

新聞、テレビに限らず、スマホやインターネットでさまざまな情報が蔓延(まんえん)する情報過多の時代になっています。そういう時代だからこそ、情報を正確に受け止めて情報の波に流されないようにすることは言うまでもありません。「情報的健康」の確立が個々人に求められている時代だと思います。それは恰(あたか)も“食事における偏食”のごとくに「情報の歪み」、つまり“情報の偏食”を正してバランスのある適切な栄養を摂取し、時には<デジタル・ダイエット>を考慮すべきだと思います。

また、インターネットやメール、ソーシャルネットワークなどを介したコミュニケーションが現在の潮流になっていますが、誤解や行き違いが生じやすいのも事実です。というのもメールなどのコミュニケーションは相手の顔が見えず、声も聞こえないため相手の視線や表情が読み取れないため、自分の言葉や動きに対する相手の反応がどうなのか、という情報が使えないことに由来します。本来、人間は対話する際に、言葉だけでなく相手の表情やしぐさを読み取りながら、相手の気持ちを理解するいわゆる「社会脳」を有してコミュニケーションを取ってきました。デジタル社会は本来人間が持つ社会脳を減退させる危険性があります。

――こうしたデジタル社会にあって、現代人が本来の人間性を取り戻すには、どのような生活を送るべきなのか、その処方箋にはどのようなものがありますか。

何時間もゲームやインターネットを行うと、セロトニン神経が退化し、その結果「セロトニン欠乏症」に陥ることが分かっています。セロトニンとは脳内の神経伝達物質の一つでドーパミンやノルアドレナリンを制御して精神を安定させる働きがあります。セロトニンは睡眠を促すメラトニンの元になるものですが、セロトニンが欠乏すると「キレる、鬱、摂食障害などの食行動の異常」が出てくる可能性があります。

一方、セロトニンは朝、網膜から入る太陽光を20~30分間、浴びることで分泌が増えてきます。「早寝、早起き、朝ご飯」という言葉がありますが、朝太陽の光を浴びることはとても重要です。

また、セロトニンを体内でつくり出すにはトリプトファン、ビタミンB6、炭水化物の三つの栄養素が必要です。例えば、バナナ・クルミ・胡麻(ごま)・納豆などの大豆製品・ヨーグルトなどの乳製品・玄米・麦芽米やイモ類など、これらを含む食べ物を十分に取って「偏らない食生活」「よく噛(か)む習慣」を心掛けることが大事。人間の体内時計は1日24時間30分で設定されており、朝食を取ることで24時間にリセットすると言われています。朝食を取らないと「時差ボケ」状態が続くことになるのです。

また、自然に触れることもスマホゲーム依存を克服する良い方法です。脳が柔らかい幼少期は特に自然の中に身を置いて、多くの人に接する、そうした実体験をできるだけ多く持つこと。“人は人によってのみ人間となり得る”(カント)のです。さらに言えば座禅や瞑想(めいそう)なども効果的です。


【メモ】今やスマホは1人に1台あるいは数台の時代。電車の中だけでなく、食事や歩きながらのスマホもよく見掛ける。ゲームや多人数とのコミュニケーションなどには便利なのだろう。しかしながら、スマホに依存したネットワーク社会が進めば進むほど人間が本来持っている豊かな感性が鈍くなる気がしてならない。そんな思いを実感した。

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