【持論時論】老病死の高齢期をどう生きるか―香川県の称讃寺住職・終活支援団体「わライフネット」代表理事 瑞田 信弘氏に聞く

人格的成長にも大事な葬儀 過剰な延命治療で苦痛も 自分なりの死生観を持て

浄土真宗の称讃寺住職をしながら終活支援団体を立ち上げ、公民館などで終活について語り、NHKカルチャーセンターで仏教講座を担当している瑞田信弘さんが、女優の中村メイコさんと宗教学者の山折哲雄先生に話を聞いて『死に方の流儀』(アートヴィレッジ)を出した。その要点を取り上げ、高齢期の自分らしい生き方、死に方について聞いた。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
たまだ・のぶひろ 昭和30年、香川県高松市生まれ。大学卒業後、県内の公立中学校・小学校の社会科教員を経て平成10年、父の後を継いで称讃寺の第16代住職に。税理士や弁護士などの仲間と終活支援団体一般社団法人「わライフネット」を立ち上げ代表理事に。NHKカルチャー高松教室の講師で、FM815「たまだ和尚のここらでホッと一息つきましょう」のパーソナリティーも務めている。著書は『浄土真宗の智慧』『寺院経営がピンチ! 坊さんの覚悟』『死に方の流儀』(以上、アートヴィレッジ)など。

――お二人とも本音の話で面白いですね。

中村メイコさんは快諾され、ご主人との暮らしぶりを率直に話してくださいました。山折哲雄先生は、一昨年に逆流性食道炎で緊急入院された話を赤裸々にされましたが、最終的には、「お坊さんもっとしっかりせい」とお叱りを受けたような気がします。宗派の教えの布教ではなく、終末期医療や緩和ケアなどもっとリアルな状況を踏まえて、病と死にどう向き合うか、さらに遺族のグリーフケアについて、檀家(だんか)の人たちに親身に話すべきだと言われました。

――死について山折先生は、生から死への移行をプロセスとして捉えるべきで、「心臓死」に対し「老病死」という考えを提唱しています。

例えば、枕経は死者の枕元で上げるお経と思われていますが、本願寺の作法では臨終勤行(ごんぎょう)で、臨終の時に上げるものです。耳はまだ聞こえているからで、返事は返ってこなくても、「亡くなって、あなたは阿弥陀さんのところへ往くのですよ」とお伝えする。生の最期、死の直前に一番大事なことですから、死んでから上げるお経ではないのです。

――メイコさんの話で面白かったのは老齢期の夫婦関係です。

互いにそれまでの人生から個性的な暮らしをしているので、適度な距離を保ちながら、相手の領域には干渉しないで、互いを尊敬しているのがいいですね。

――親友の美空ひばりさんが話した小林旭さんと離婚した理由は、紅白をテレビで見た彼に「音程が悪かったと言われたことよ」というのは初耳です。

僧侶で宗教学者の釈徹宗さんも「その話は初めて聞いた」と言っていました。ひばりさんにすれば、自分よりはるかに歌が下手な夫に言われて、我慢できなかったのでしょうね。

――子育て時代には伴侶との違いは気になりませんが…。

子育ては夫婦共同の作業ですが、それが終わると一般的に夫婦が一緒にすることは減ります。もともと個性は違うし、社会的な活動も異なるので、それぞれ別の人格を形成していきます。高齢期の夫婦は、互いに尊敬しながら干渉しないという生き方がいいのではないでしょうか。

――山折先生は、死期が近づくと断食し、意識レベルを低下させたいと言っています。

昔から高僧たちが行ってきた死に方で、それを医療的に実現できないかということです。過剰な延命治療で死期を先延ばしするのではなく、食事を減らして意識レベルが下がると、肉体的な苦痛も少なくなるので、そういう死に方の医療があってもいいのではないでしょうか。

多くの患者の死に接してきた医師によると、点滴などの栄養補給で体重が減らないと、むしろ本人の苦痛が増えるそうです。死ぬ直前には下顎(かがく)を上下させてあえぐような下顎呼吸が起こり、見るとつらそうなのですが、本人は意識レベルが下がっているので苦しくはないのです。

――延命治療などについてはリビング・ウイルで明記する方法がありますが、本人の意思が確認できなくなると、家族の意見が優先されるようです。

厚生労働省は「人生会議」を進めています。将来の医療やケアについて、患者を中心に家族や近しい人、医療・ケアチームの三者が話し合いを重ね、患者の希望に沿った意思決定ができるよう支援するプロセスです。

しかし、患者がしっかり受け答えできなくなると、医療側は主に家族などと治療の仕方を決めるので、結局、本人の意向は次第に伝わらなくなります。

――医療側は家族からクレームが出るのを恐れるわけです。

ですから、家族と認識を共有し、行き違いが起こらないようにするのですが、本人と同じ認識とは限りません。家族の間でも意見がまとまらないこともあります。元気な時に延命治療について聞かれると「要らない」と答えていても、いざとなると家族の意向で延命治療されるケースが多いようです。

――どう改善すれば?

人生会議の前に家族会議をよくすることです。親子、兄弟で、相続の問題から終末期の医療ケアやお墓の問題も話し合う。やがてくる事態を予測し、家族で話し合い、確認することです。現実には、それがないので事態に追われている家が多いです。

――瑞田さんは「葬儀や法要を通じて若い方々に死生観を育み、生きる意味を見詰め直してほしい」と言っています。

 感性が敏感な時代に近しい人の死に接するのは、その人の人格的な成長にとっても大事です。しかし、ショックを受けたらいけないからと子供を葬儀に参列させない親もいます。

核家族化やコロナのせいで、参列者が少人数の家族葬が増えています。子供が遠くに住んでいると、帰った時には入棺が終わっているようなことが多いです。ゆっくり故人に付き合うような時間的余裕がなく、通夜を省略する一日葬もあります。

葬儀は本来、宗教儀礼なのに事務処理のように行われ、参列者の心が付いていっていないような気がしてなりません。このままだと、日本人の心がますます薄っぺらになってしまいそうです。

――死は考えても答えの出ない問題ですが、人生について深く考えるきっかけになります。

自分はなぜ生まれてきたのか、何のために生きるのかという本質的な問いですね。そうやって自分との対話を重ねることが人格形成には必要です。自分なりの死生観を持つことが大事で、死生観が定まると、終末期医療についても自分の考えをしっかり話すことができます。

【メモ】報恩講など寺の法要に合わせて著名人の講演会を年に数回開いている称讃寺は、地域のカルチャーセンターのような存在だ。山折哲雄氏は元気だった数年前までその常連で、翌日、総本山善通寺で開かれる「心と命のフォーラム」ではコーディネーターを務めていた。今、その役割は養老孟司氏が引き継いでいる。今回の本にも登場を打診したが、養老氏は「まだそんなこと考えていないよ」との返事。善智識と庶民を結ぶ寺院の歴史的な営みである。

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