出席者
中央アジア・コーカサス研究所所長 田中哲二氏
東洋大学名誉教授 西川佳秀氏
(司会=特別編集委員・藤橋 進)

ロシアのウクライナ侵攻が長期化の様相を深める中、中国の習近平主席がロシアを訪問し、時を同じくして岸田文雄首相がウクライナを訪問した。これを機に、日本のユーラシア戦略外交はどうあるべきかを、中央アジア・コーカサス研究所所長の田中哲二氏と東洋大学名誉教授の西川佳秀氏に論じてもらった。
――習主席のロシア訪問そして岸田首相のウクライナ訪問をどう評価するか、まず習主席の訪露から。
西川 孤立化が深まるロシアを助け、両国が連携して欧米に当たるという姿勢を示す狙いがあったと思う。それを強調する演出が今回は強かった。ただ、そういう公式の発表と内実はかなり違っていたと思う。

4時間以上にわたる会談というのは普通ではない。それと驚いたのはプーチン氏が最後、習近平氏の帰る時に車のところまで送って行って、名残惜しそうな顔をしている。そんな顔は見たことがない。2022年2月の北京冬季オリンピック開催直前の会談では中露の友好協力関係には上限がないんだと、すごく高く盛り上げた。ところが昨年9月の上海協力機構(SCO)の会談では、習氏はサマルカンドまで行って、ロシアに対して何もしなかった。

今回の会談を見ると去年の2月ほどではないけども、9月ほど下がっていない。それは簡単に言えばこのままロシアが倒れてしまうと、中国は困る。共倒れしたくないから、より連携を強調している。しかし、西側の非難や米国が怖いから、テーマとして抱えていた武器支援については何も盛り込まなかった。ロシアとしてはやや期待外れなところもあっただろう。
それから今回の首脳会談での中国側の目的は、「平和の仲介役」を演じること。サウジとイランで大成功したように、ウクライナ戦争でも自分が出てきて仲介役を装う、そういう演出をしようと思っていた。だが和平案に新しい提案はなく、平和の仲介役としてナショナルブランディングを高めるほどには至らなかった。
以上が表から見た印象だが、初日に4時間以上にわたって会談して本当は何が話し合われたのか。おそらくもっと緊密な話が行われたはずだ。私の感覚だが、あの2人は個人的な相性が良いと思う。つまり、習氏はプーチン氏に対し“独裁者の鑑(かがみ)”として仰ぎ見るような憧憬の念があるのではないか。プーチンもそのような習近平を悪くは思っていないのではないか。そうしたトップ同士の個人的絆があるので、中国がロシアに代わって主導権を少しずつ取りながら、3期目入りを果たした習近平氏と、来年の大統領選挙で再選されるであろうプーチン氏のコンビで2020年代いっぱい突っ走るのではないか。
よく中国の狙いは清朝時代の領土を回復することと言われるが、私はそれだけではないと思っている。それよりも欧米の自由主義秩序に対抗して権威主義的なユーラシア秩序をつくろうとしている。そのためにロシアを近くに置き、中露両国の力でそういう新しい国際秩序をつくることが狙いだろう。習近平にとって香港や台湾はかつてのソ連における東ベルリンみたいなものだと思う。権威主義秩序構築を狙うのに足元に西側のショーウインドーがあると目障りだ。フルシチョフがベルリンにこだわったのと同じような感覚で習氏は香港や台湾を見ているのではないか。
田中 今言われたことには全面的に頷(うなず)けるものがある。多少角度を変えて私の意見を申し上げると、習近平氏はサマルカンドでの上海協力機構の総会でロシアに対して距離を少し置き過ぎたという反省があったと思う。それでなるべく早くモスクワへ行って「私は相変わらずロシアサイドにいる」と世界、特に欧米に対して訴えないといけなかった。そのタイミングが3月20日の訪問だった。

ただ習氏訪露で中露の関係が劇的に変わったという感じはない。もともと、中国のロシアとの関係は遠藤誉氏が言っているように、「軍冷経熱」という姿勢がある。ロシアに軍事支援をして対米国、対EUの関係がこれ以上まずくなると経済的に中国はやっていけないところも出てくるから、軍事的には一定の距離を置きながら経済的にはエネルギー支援を含めて、がっちり手を組もうということだ。一方で先生が言われたように、「平和の使者」つまり「俺は世界で唯一ウクライナとロシアの両方に対しものが言え、仲介ができる立場にいるんだ」ということを、特に米国に対しては言っておこうというのが一つのポイントではなかったのかと思う。
もちろんプーチン氏としては習近平氏が来てくれて「あなたの側に相変わらず立っている」と言ってくることは大歓迎だ。4時間にも及んだ会談では、直接の軍事的な支援、兵器支援をもう少しやってくれないかとこんこんと説いたのだろうが、ただそれは成り立つ状況ではなかった。