トップオピニオンインタビュー【持論時論】戦狼外交から関与外交に動く中国―国際関係アナリスト 松本 利秋氏に聞く

【持論時論】戦狼外交から関与外交に動く中国―国際関係アナリスト 松本 利秋氏に聞く

和平構築はやる気なし ロシアつぶれると困る

長期化望むウクライナ戦争

昨年10月の共産党大会で習近平総書記の3期目続投が決まった。それ以後、中国の外交路線が変化を見せている。戦狼外交を止め中東やモスクワなど積極的に出向き、関与外交を展開するようになった。その背景と真意を国際関係アナリストの松本利秋氏に聞いた。(聞き手=池永達夫)
まつもと・としあき 1947年、高知県安芸郡生まれ。71年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテーター、各種企業、省庁などで講演。著書に「地政学が予測する日本の未来」「麻薬第四の戦略物資」など多数。

――長年、敵対関係にあったサウジアラビアとイランが3月10日、外交関係修復で合意した。2カ月以内に双方の大使館を再開するという。仲介したのは中国だった。

サウジとイランの間では、もともとそうした外交関係修復への流れができていた。中国はたまたま、その流れに乗っただけの話で、中東和平構築に向けたパラダイムをつくる気もないし、その実力もない。

サウジとイランの関係では、サウジがイエメン内戦に軍事介入し、イランが支援する武装組織フーシ派と戦闘に突入したもののフーシ派が踏ん張り、内戦は泥沼化していた。

後ろ盾となっているイランとの合意取り付けが必要となったサウジと、核開発を巡る経済制裁で、外交的孤立から脱却を図るイランは、2年前からイラクやオマーンなどを仲介役に協議を開始していた。

ムハンマド・ビン・サルマン皇太子兼首相から話を持ち掛けられた中国が、関係のいいイランに持ち込んで、そうした流れに乗っただけの仲介役を果たしたということだ。

サウジではジャーナリスト殺害事件が起きたことで米国が人権問題で批判、バイデン大統領は特にそれをやったことで、反発を受けた。

イランでもヒジャブ問題が起きたが、実はあの女性はクルド人でクルド人が中心となって抗議している。そのクルドと米国はつながっている。

昨年12月29日、エルサレムで、イスラエル国会に出席したネタニヤフ氏(AFP時事)

一方、イスラエルのネタニヤフ首相は、最高裁判所が決めた判決を国会の多数決でそれを覆すことを可能とする司法改革に取り組んでいる。軍のインテリジェンス、モサドを含む多くの民衆がネタニヤフに対し反対声明を出しているものの、これは司法の独立を脅かし、三権分立を基礎とする民主主義ではなくなり、イスラエルの求心力がそがれてしまう。

イスラム・スンニ派とシーア派の要であるサウジとイラン、それにイスラエルを加えた中東の三つどもえの戦いの中で、米国はお手上げ状態になってしまった。その米国の外交的影響力がそぎ落とされた中で、今回、中国が動いた格好だ。

なおサウジとイランの国交正常化は、ネタニヤフ政権批判の新たな火種となり、ネタニヤフ政権が受けるダメージが大きくなることが予想される。

 ――今後の展望は?

3月下旬には事件が起きた。イラン製のドローンがシリアにいる米軍に攻撃をかけ、米兵1人と軍属を含めた7人が死傷した。米軍は即座にその晩、シリアのイラン革命防衛隊の施設に反撃を加え戦闘状態に入っている。

つまり中国が懸念する事件が直ちに起き、状況の展開によっては中国がやっていることが全部覆されるようなことにもなりかねない。

――そういうことを押さえ込める中国のパワーはあるのか?

ない。

――中国の習近平国家主席がモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。その前に、中国は12項目のウクライナ和平案を出したが、どう分析するのか?

12項目の第一が主権、領土の尊重。第二が冷戦思考からの脱却と、軍事ブロックをつくるなというもの。第十あたりに、国連決議に基づかない制裁に加わるなというものだった。

中国は言うことと行うことが一致しない言行不一致の国だ。

何より具体的な案にはなっていない。和平達成を本気でやる気はない。

1日、モスクワで、共同声明の署名式に臨み握手する中国の習近平国家主席(左)とロシアのプ ーチン大統領(EPA時事)

――何を狙っているのか。

第3次習近平政権がスタートしたものの、インフレの国内経済は沈滞したままだし、目新しいものが必要なのだけれど何もない。米国と事を構えると中国はつぶれると分かっているから、伏し目がち外交を展開している。

それが戦狼外交を止め、関与外交というか微(ほほ)笑み外交に動き出した最大の理由だろう。

 何よりロシアが負けると中国は困る。つぶれないようにということで、ロシアを支えるだけで、和平仲介を本気で焦点にしてはいない。

――中国とすれば、ロシアがつぶれず、ウクライナ戦争が長引いて、米国の関心を欧州に張り付けておいた方が都合がいい?

そうだ。

台湾併合を最大の政治課題にしている習近平政権にとって、東アジアに米国の関心が集中するのは避けたいところだ。

――中国の最大の懸念は、ロシアが敗北しプーチン大統領が失脚して政変が起こり親米政権が誕生、民主化されることでは?

突き詰めればそうかもしれないが、あの広大な国は強権国家でなければ統治できない事情もある。一番怖いのは、地方が軍閥化して中央の統制が効かなくなることだ。

サンクトペテルブルク政権ができ、ウラジオストク政権ができたとなると、1991年にソ連が崩壊した時と同様の大混乱が発生することになる。モスクワの保守派が懸念しているのはそこだ。

――ウクライナに軍事支援するポーランドなどにロシアが牽制(けんせい)の攻撃を仕掛けることは?

ロシアは北大西洋条約機構(NATO)には手を出せない。NATOとロシアでは圧倒的な戦力差があり、ロシアが手を出せば徹底してやられることを熟知している。だからこそ、ロシアは核の脅しを掛けている。

――ロシアの核があくまで脅しであるということは、核戦争に発展する懸念はない?

ない。

相互確証破壊というのは、核を使えばロシアも米国もなくなることへの恐怖の均衡がもたらす安全保障だ。これは米国とロシアの間で成立するものだが、近年にはその枠に入らない中国の中距離核戦力が問題になってきた。ましてや北朝鮮は全く、意に介していない。

――東アジアで脅威となっている中国の中距離核戦力を押さえ込むには?

中国を含めた米露中の核管理の枠をつくり上げることだ。米国は何度も中国に交渉を求めてきたが、本気で中国を交渉の場に引き込むバーゲニングパワーを準備する必要がある。

――相互確証破壊の埒外(らちがい)にある北朝鮮の核の対処方法は?

このままだと選択肢が狭まり、つぶすしかないということになりかねない。取りあえず日本は、隣国で混乱が起きることはできるだけ避けるような方策を練っていくことになるだろう。(敬称略)


【メモ】松本氏が現在、書き上げつつあるのが大陸地政学の本だ。これまで地政学というとマハンに代表される海洋地政学が主流だったが、松本氏は21世紀の荒波を乗り越えていくには大陸地政学が必須になると説く。とりわけ膨張バイオリズムを持つ二大大陸国家・中露に隣接する海洋国家・日本にとって、そうした視点の重要性が高まってくるだろう。
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