作品通じ文化発信
世界で愛される日本の漫画やアニメは、海外のクリエーターにも影響を与えている。日本のアニメを見て育ち、今やモンゴルの業界を牽引(けんいん)する漫画家、ナンバラル・エルデネバヤル氏は2015年、遊牧民の文化・風俗を描いた『ボンバルダイ』で、日本の外務省主催の国際漫画賞で最優秀賞を受賞。モンゴル国文化大使も務める同氏にこのほど、話を聞いた。(聞き手=辻本奈緒子)
――国際漫画賞で最優秀賞を受賞した『ボンバルダイ』はどんな作品か。
遊牧民の家庭で、風邪で寝込む母親のため、ゲル(移動式住居)の暖房の燃料になる牛糞(ぎゅうふん)を探しに酷寒の雪景色へ飛び出す5歳のボンバルダイ少年を描く。私自身がモンゴル人なので、モンゴルの文化を国内外の子供たちに紹介するために構想した。モンゴルの子供の半数は都市に住んでいるので、伝統文化を知らない子も多い。モンゴル人の自然や家畜との接し方、生活様式、モンゴル独特の文化にどう興味を持ってもらうかを考えた。
全108巻の構想だが、第6巻まで出した。モンゴル文化についても正しく描くには調査が必要なので、それに時間がかかっている。将来的にはアニメ化も目指している。
――なぜ『ボンバルダイ』は日本人の心を惹(ひ)き付けたのだろうか。
モンゴル人の持つ良さ、ボンバルダイ少年のきれいな心は、民族に関係なく理解できるようだ。どの国でも共通した家族を思う「良い心」を描いたので、日本の人々も理解してくれたのだと思う。
――日本にどんな印象を持っているか。
日本は初めて行った時から、よく知っている場所のように感じた。想像通りの所だった。日本人は勤勉で、真心で相手を尊重して接してくれるところがとても気に入っている。日本人から学びたい点だ。サムライも好きだ。また、同じ黄色人種として、世界をリードしていることにも誇りを感じている。
――漫画家になりたいと思ったきっかけは。
4歳から絵を描いていて、小学2年生の時には漫画家になろうと思っていた。絵が好きだったし、家族も応援してくれた。日本のアニメをよく見ていて、特にスタジオジブリの作品が好きだった。漫画やアニメの世界で働きたいと夢見ていた子は他にもいたが、残念ながら実際にそうなったのは私だけだ。小学2年生の時に決めたことに、今まで従ってきた。ボンバルダイのように勇気を持って決めたと思っている。
――最近の作品は。
今は、匈奴(きょうど)時代を描いた『モンゴル・ハーン』(モンゴル王)という作品を制作中だ。『ボンバルダイ』では文化や習慣に焦点を当てているが、モンゴルの歴史をテーマにした漫画も手掛けている。2021年には、人民革命の指導者スフバートル将軍の伝記漫画を発表した。
――次世代の漫画家の育成にも取り組んでいるとか。
モンゴルには漫画家を養成する専門の学校がない。漫画やアニメの業界で働きたい若者たちを雇い、教えながら一緒に制作に取り組んでいる。作品制作をチームで行うことで、仕事を学んで専門家になれるよう訓練している。現在15人のスタッフが一緒に働いている。
――ボンバルダイにはモンゴルの子供の姿を反映しているのか。
モンゴルの子供たちは勇敢だ。遊牧民の生活において、勇気が必要になることが多いからだ。自立性も必要になる。だから田舎の子供は我慢強い。ただ都会育ちの子たちには、そうした性質が少ない。
私は地方都市出身で都会育ちだが、幼稚園や小学生の時は田舎で夏を過ごしていた。その時出会った田舎の子はとても勇気があって、深夜に家畜を見ていられる。私は夜外に出るのも怖かったが、彼らは怖がらない。
――自身の家庭では何を意識しているか。
モンゴル人は子煩悩で家庭的な人々だ。温かい家庭になるよう心掛けている。特に子供が幼いうちは、よく愛してあげることが必要だ。そうすればいい子になる。子供と遊ぶのも好きで、休日は子供と過ごしている。
ボンバルダイは子供が生まれる前に構想したのでモデルにした訳ではないが、息子たちはボンバルダイによく似てモンゴル人らしい顔立ちをしている。
――今後の活動は。
作品を通して、モンゴルの子供たちや世界の人々にモンゴルを理解してほしい。モンゴルの文化と歴史を紹介したい。それ以外のことは日本や米国など外国の作品ですでにやっている。モンゴルの子供たちは外国の漫画やアニメに触れることが多く、それは悪いことではないが、モンゴル人も民族的な特徴を反映させて発信する必要がある。それが足りていないので、漫画を通じてやりたい。
これから10年ほどは作品制作ももちろんだが、モンゴルの漫画業界を発展させるために活動するつもりだ。
【メモ】エルデネバヤル氏の言葉の端々から、モンゴル人らしい温かい心、愛郷心、日本に対する敬意が感じられる。『ボンバルダイ』第1~3巻の日本語版は、電子書籍で読むことができる。ぜひ多くの日本人に手に取ってほしい。