令和5年の政治を語る

政治評論家 髙橋利行氏

ロシアのウクライナ侵攻、安倍晋三元首相銃撃という歴史的な大事件の余波で世界と日本が大きく揺れた旧年を送り、令和5年が明けた。新しい年に日本の政治はどう動くのか。また、どう動くべきなのか。政治評論家の髙橋利行、田村重信両氏に語ってもらった。
たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。
たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。

防衛増税 ハラ決めた岸田氏

もし岸田文雄が「歴史法廷」に立たされGUILTY (有罪)or NOT GUILTY(無罪)とただされたら躊躇(ちゅうちょ)なくNOT GUILTYに与(くみ)する。

岸田政権はウクライナ戦争などによる国際情勢の変化を受けて、ある意味多くの選択肢を手に入れた。今まさに話題になっている防衛費の増額とそれを賄う増税がそうだ。これは自民党出身の歴代首相がやり残してきた問題の一つでもある。防衛費の大半は「消費財」であり、常識的に考えて、それを借金で賄ったらいくらお金があっても足りない。ツケがどこへ回るのか、真面目に考えるほど増税は避けて通れない。

これは宏池会の基本的な体質だ。消費税の導入を首相として最初に唱えた大平正芳も、公務員給与引き上げの人事院勧告を凍結した鈴木善幸も宏池会。その時どうしても直すべきタブーに戦いを挑んできたのが宏池会という派閥だ。そして岸田は、政策は池田勇人、政治は佐藤栄作に倣う。どちらも吉田学校の流れで、まさに保守本流だ。

増税なんて一昔前ならあり得ない。口にしただけで政権が吹っ飛ぶ。それを首相が堂々と、税の負担をお願いしなければいけないと言っている。日本の財政を健全化しようと思えば、増税は避けて通れない。今それをやろうとしている。増税は誰がやっても必ず反対がある。だから今は批判が多くても歴史に名を残すという発想だ。彼自身がそう考えているかは別として、宏池会の歴史がそういうものだ。馬鹿(ばか)正直なのか、ドン・キホーテなのか。

佐藤流「待ちの政治」

防衛費は非常に大事で必要なものだ。ただ、何がどのくらい必要なのか、どんな兵器なのか明らかにしてからカネを出すなんてことをやったら抑止力にならない。例えば、こういうミサイルを買ったと言えば、相手はそれよりも高性能のものを用意するに決まっている。軍事費というのは最も秘密のベールが厚いところで、ある程度の幅を持った形で用意しなくてはいけない。それが成熟した国家の矜持(きょうじ)だ。そういう点で岸田がもうハラを決めているとみるべきだ。発言や行動を見れば、岸田は腹を括ったと誰もが分かる。

自民党の歴代首相がやり残したもう一つのことが憲法改正だ。岸田自身は、憲法改正に対してやる気があるとは言えないだろう。9条を改正しなくても、それ以上のことが、できるようになっているからだ。これは野党が憲法改正に徹底的に反対した結末でもある。本当に止めたいのなら、憲法を改正してきちんと条文で縛るべきだった。

わざわざ憲法改正を打ち出さなくても、台湾が攻め込まれる、尖閣が占領される、北朝鮮がミサイルを本土近くに撃ち込む――そういう事態になれば、世間は一転して政府は何をやっているのかとなる。そういう声が出てくるのをじっと待っていればいい。これが佐藤流の「待ちの政治」だ。柿が熟して落ちてくるのを待つ。時の議論が成熟して解決に導いてくれる。その時にゆっくりと立ち上がれば何の苦労もなく憲法改正ができる。

与党は清潔度 野党は成熟度を

昔から言われていることだが、与野党の政策選択の幅が狭くなってきた。やり方や表現が違うだけで、基本的に同じ方向を向いている。立憲民主党や国民民主党もそうだ。だから村山富市政権ができたし、大連立構想もあった。共産党以外となら、組もうと思えばどことでも組める状態だ。

だからこそ、与党には清潔度が求められ、野党には成熟度が求められる。同じことをやるにしても、身奇麗な人がやるのと、いかにも私腹を肥やしそうな人がやるのとでは違う。それ故に政治には政権交代が必要だ。しかし立憲民主党はまだそれに耐えられるほど成熟していない。現実を見ない人がいるから、野党にまだ政権を委ねることはできない。

時流に乗り帆を張る

タブーに挑んだ歴史

現代の政治家は軍事と外交が分からなければ駄目だ。幸いなことに、岸田は外相を長く経験している。ただ、ポピュリズムが幅を利かす時代に人心に訴えるうまさは彼にはない。ポピュリズムは大衆の不満の鬱積のようなものだ。それをある一定の方向へ持っていくには相当な人間的魅力、大衆を引き付ける力が必要だ。安倍晋三にはそれがあった。次期米大統領だったトランプの懐へ、失敗するのを覚悟で飛び込んで見事にやってのけた。そういう度胸とか、拍手喝采を受けるものがあった。今そういう力を持っている人がいない。つまり岸田後を任せ切れる人がいない。

一瞬にして倒れる危うさを孕(はら)みながら、岸田の時代はそう短くはないだろう。人心をつかむ力はないが時流に乗っている。ジェット推進ではないが、時の流れに後押しされるように帆を張ることができる。他の人なら絶対に手を着けないような積み残された課題、防衛増税や憲法改正も含めて岸田はやると決めたらやるだろう。それをする時間が足りるかどうかだ。(敬称略)

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