【持論時論】神道の自然観―秩父神社宮司・京都大学名誉教授 園田 稔氏に聞く

「いのちの森」造り 世界へ 神の宿る森を大切に

一人1本の植樹運動を実践

温暖化など地球規模の気候変動が大きな問題になっている今、自然環境保護の思想として日本古来の神道の自然観が注目されている。宗教学の視点から神道を研究する一方、世界に向けて神道文化を発信している秩父神社の園田稔宮司に、人と自然との関わりについて聞いた。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

そのだ・みのる 1936年、埼玉県秩父市生まれ。東京大学文学部宗教学科を卒業し、國學院大學教授、京都大学教授、皇學館大学大学院特任教授を歴任した。神道国際学会会長、NPO法人社叢学会理事長、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会理事などを務め、著書は『祭りの現象学』『神道の世界』『誰でもの神道』、訳書はP.L.バーガー『聖なる天蓋―神聖世界の社会学』など。現在、秩父神社宮司、京都大学名誉教授。神務と研究の傍ら森造りなどの社会活動を展開している。

――2005年に愛知県で愛・地球博が開催された記念公園の中にこの秋、ジブリパークがオープンしました。

愛・地球博ではNPO法人・社叢学会が会場の一画に「千年の森」を造成し、シンボルタワーのバイオラングタワー頭頂部に「天空鎮守の森」を造りました。その際の映像作品のタイトルが「日本は森の国」です。

世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会で「気候変動に向けた取り組み」を担当している私は「いのちの森」造りを提唱・実践し、最近は埼玉県所沢市の狭山丘陵にある「トトロの森」の隣に「WCRPいのちの森」を造っています。

発端は2014年に韓国の仁川で開催されたアジア宗教者平和会議で私たちが提唱し、大会宣言に採択された一人1本の植樹運動で、その国内での実践垂範の一環として進めています。同会議で私は、日本人は昔から森には神が宿ると考え、大切にしてきたことを話し、気候変動の要因を防ぐため会議参加者に呼び掛けたのです。

――愛・地球博で印象的だったのは、伊勢神宮の第62回式年遷宮で使われる御神木を木曽の山から切り出す「御杣始祭(みそまはじめさい)」が愛・地球広場の大画面に映し出されたことです。

当時の海老沢勝二NHK会長を訪ねて直談判し、実況中継が実現しました。海老沢会長は、「式年遷宮(しきねんせんぐう)は日本にしかない伝統文化で、それを日本人が知らないのは恥だから、デジタル技術でNHKが全面的に記録を撮り、全国放映したい」と約束され、全国放映で神宮式年遷宮は広く国民に知られるようになりました。

――3年を超えるコロナ禍で考えさせられるのは自然との付き合い方です。

全くその通りで、神道は目に見えない小さな生き物を含めて万物は人間と同じ命・霊性を宿していると考えます。それは日本仏教も同じで「山川草木悉有(しつう)仏性(ぶっしょう)」の思想は諸宗派の根底にあります。釈迦(しゃか)仏教にもその教えはありますが、そこまで徹底したのは、中国を経て日本に土着してからです。中国仏教では仏性を認めるのは人間だけで、それを万物にまで広めた最澄や空海の思想は今の日本人にも生きています。

例えば、諸虫供養・害虫供養の行事が残っている地域があります。墓地の一角に諸虫供養塔がある寺もあり、殺虫剤のメーカーや工業会では虫供養を実施しています。比叡山ではゴキブリ供養、シロアリ供養をし、高野山には業者がシロアリ供養塔を建てています。大学の医学部などでは実験動物を供養し、農学部などには供養塔があります。やむなく命を絶ったが、供養せずにはいられないのです。そうした例は海外では稀(まれ)です。

――最澄と空海は、いずれも山で修行しています。

寺での学びだけでなく山の中、森の中で悟るべきものがあると思ったからで、日本の宗教は山の宗教、森の宗教と言えます。成仏には自然の中での修行が必要で、しかも成仏するのは人間だけではないという思想です。

比叡山の国際会議で会ったニュージーランドの先住民の牧師は、キリスト教の信仰を持ちながら、アニミズムを大事にしていると話していました。西洋人がクジラを人間並みに扱い、保護するのは知能が高いからです。その一方で、レベルの低い原始的なものは無視していいという考えがあります。

――個人主義は人格形成の考え方が偏っているようです。周りの人たちや地域社会、自然環境を取り入れながら形成していくのが自分の人格ですから。

人間が古くは「じんかん」と呼ばれたように、人間は本来、間柄の存在です。浜口恵俊・国際日本文化研究センター名誉教授は「間人(かんじん)主義」を提唱していました。西欧社会の個人主義をそのまま日本に定着させるのは不可能で、日本的風土の中で生まれてきた伝統文化と整合するようにしないといけない。一人ひとりを大事にしながら、他の人との関係も保ち、共同体としての社会を維持するような生き方をすべきです。

――社会学者の阿部謹也・一橋大学元学長は、日本には西欧でいう「社会」はなく、実感が伴うのは「世間」だとして、「世間学」を提唱していました。

精神病理学の木村敏京大名誉教授は、「あいだ」を軸にした独自の自己論を展開し、さらに環境に相即(そうそく)する身体主体の生命論を展開し、注目されました。日本人はよく「世間に迷惑をかけて申し訳ない」という詫び方をします。それだけ日本人には世間が密接で大切なのです。メランコリーの日独比較で、ドイツでは神ないし人格に対して申し訳ないという詫(わ)び方はあるが、世間に対して責任を取るという言い方はしないそうです。

――近代は宗教を人の心の中にとどめてきましたが、東日本大震災の被災地で露出していたのは、まさに宗教でした。

東北学を提唱している民俗学者の赤坂憲雄学習院大学教授が被災地を訪ね歩いて、そのことを強く指摘していました。

宗教は個人の信仰だけにとどまるものではなく、歴史的にも社会の成立と維持・発展に深く関わっています。コミュニティーの根底に宗教があるのは地方で暮らすとよく分かり、とりわけ東北ではそれを感じます。

秩父は東京の後背地で、後背地が健全でないと大都市も維持されません。荒川の源流は奥秩父の甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)で、秩父山地の水を集めて秩父盆地から東京を経て東京湾に注ぎますから、流域として荒川を守る運動をしています。コミュニティーの活性化を点から面に広げるものです。

【メモ】秩父の春は4月、秩父神社の御田植祭で始まる。聖なる武甲山からの清水が湧き出る今宮神社で、龍神祭に続く水分祭により水を授かった秩父神社の氏子らが、境内を水田に見立て田植えの所作を演じる。秋の豊作を祈る神事で12月の秩父夜祭で実りに感謝する。自然をつかさどる神々への祈りが漂う秩父市は、一方で武甲山の石灰岩を原料にしたセメントが明治からの日本の近代化を支えてきた。令和7年には同市で第75回全国植樹祭が催される。

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