トップオピニオンインタビュー危機対応で重要な政策論 【ウクライナ危機 識者に聞く】

危機対応で重要な政策論 【ウクライナ危機 識者に聞く】

東京外国語大学教授 篠田英朗氏(下)

キーウを訪問したブリンケン米国務長官とオースティン米国防長官らと会談するウクライナのゼレンスキー大統領=4月24日(UPI)

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今回のウクライナ危機が日本に与える教訓は。

日本人が危機慣れしていないことを痛感している。危機対応の精神力、あるいは危機対応の際の思考方法がないとの印象を強くした。

危機とは何か、危機を防ぐための準備は何か、危機がそれでも起こった時の対応姿勢とは何かについて、根本的に考えを整理しておく。さらに、具体的に起こり得る危機のパターンを洗い直し、いろいろなシナリオ、オプションを平時から念頭に置いておく作業があまりなされていない。

しのだ・ひであき 昭和43年生まれ。早稲田大政経学部卒。ロンドン大(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士。現在、東京外語大大学院総合国際学研究院教授。専門は平和構築。著書に『紛争解決ってなんだろう』(ちくまプリマー)、『憲法学の病』(新潮新書)など。

尖閣問題もあって国内の危機感は高まっている。

自衛隊や米軍の存在、日米安全保障条約体制について、いまだに合憲か違憲か、あった方がいいのか、なかった方がいいのかという話をしている。危機対応の初めの一歩にも入っていないので、本当に危うい。

本来、重視すべきは政策論だ。それは、危機があるのを前提した上で、自衛隊や日米安保体制にできることとできないこと、1年で改善できることと5年かけて改善できることなどを精査して準備をする。さらに、今日有事が起こった際にできることとできないことを仕分けして、できるが難しそうなことを円滑に遂行していく心の準備と作戦、体制の準備をしておくことだ。

テレビのあるコメンテーターのように、改憲して自衛隊を合憲化すべきだが、有事の際には自衛隊は働かない方が一番いいみたいなことを言ってしまうのは、危機対応の思考になっていないということだ。

ウクライナが戦い続けると民間人の犠牲が増えるだけなので、早く妥協すべきという声もある。

危機慣れしていない一つの現象だ。原発問題と一緒で、いわゆる浮足立つということだが、巨大な危機が発生した時に、何とか早くこの危機を止めてくれと叫びだす人がいる。だけど、そう簡単に止まらないから危機なのだ。

妥協しても、本当に戦争が終わるか分からないし、降伏後に虐殺されたりすることもある。人命の損失を考えただけでも、とてもそんな計算は成り立たない。さらに、国家が失われる、長期の占領統治、従属国家化、そういう数値化できない不利益も考えたら、早く降伏しろみたいなことは軽々に言えない。

特に、ウクライナの辺りの人たちは、何百年もの歴史の中で人が百万単位で死んだり国境線が変わることを経験している。今回、ロシア軍が攻めてきた事態を見て、これから相当長い間、この危機と危機がもたらす大きな不幸と付き合っていかなければいけないんだ、と常識として分かる。

日本も第2次大戦でもう少し早く降伏していれば沖縄戦も原爆もなかったという例を引く人もいる。

第2次大戦で、米国に先に戦争を仕掛けたのは日本側。米国は理論上、自衛権行使をしていた。その行使を停止させる条件としてポツダム宣言を出した。降伏というが、本当に起こったのは「ポツダム宣言の受諾」だ。今回のロシア・ウクライナ戦争の場合、戦争を仕掛けたのはロシアで、ロシアは何も降伏の提案をしていない。

1945年当時、ソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄して攻め込んできた。このためにも日本は早期降伏した。ソ連は北海道を取りたくて、8月15日を過ぎて9月になるまで攻め続けた。千島列島を占拠したところで止まったのは、米国が北海道に来るなと脅したからだ。日本がポツダム宣言を受諾し、米国の脅しが効くようになっていた。

ウクライナはすでに東部地域をロシアが取っている。言ってみれば、ロシアが北海道を取って、東北まで取ろうと侵攻してきているような状況だ。これらの歴史や現状が真逆の中で、ウクライナ人に日本の歴史を持ち出して教訓にせよと言ってみても、聞かれるはずがない。議論に値しない。(聞き手=武田滋樹、亀井玲那)

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