トップオピニオンインタビュー国連の戦争抑止“首の皮一枚”に 【ウクライナ危機 識者に聞く】

国連の戦争抑止“首の皮一枚”に 【ウクライナ危機 識者に聞く】

東京外国語大学教授 篠田英朗氏(上)

ロシアのミサイル攻撃で破壊されたキーウ近郊の町ボロディアンカ=4月26日(UPI)

ロシアによるウクライナ侵略が国際社会に与える脅威の本質は。

ここまであからさまに主権国家が別の主権国家に侵略行為を行う国際法違反が行われたことは極めてまれだ。1945年に国際連合憲章体制ができてから戦争がなくなったことはないが、ほとんどの戦争は主権国家同士の戦争ではない。

国連憲章は一つの条約だが、世界のほとんどの国(193カ国)が加盟し、そこに国際社会の大きな理念、枠組みが表現されており、実態として国際法の中で最も地位が高い。だから、第2次世界大戦以降の国際法体制のことを国連憲章体制と呼び、実際に国家同士の戦争を防ぐことを地域戦争の防止に優先させて、結果を出してきた。これは第2次世界大戦前の時代と比べると巨大な成果だ。

しのだ・ひであき 昭和43年生まれ。早稲田大政経学部卒。ロンドン大(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士。現在、東京外語大大学院総合国際学研究院教授。専門は平和構築。著書に『紛争解決ってなんだろう』(ちくまプリマー)、『憲法学の病』(新潮新書)など。

今回のウクライナ侵略は国連の目的を定めた憲章第1条とその原則(特に4項の武力行使の一般的禁止)を定めた第2条に反する点で、現在われわれが持っている国際秩序の根幹、枠組みそれ自体に反する。

日本政府もそのような認識から、普段やったことがない際立った対応をしている。欧米諸国も然(しか)りだ。

拒否権を持つ国連安保理常任理事国が侵略すれば、国連は機能不全に陥る。

それは誰もが前から知っていたが、はっきりした現実として受け入れざるを得ないところに今、来ている。

国連が主権国家同士の戦争の中でも特に防ぎたいのが核保有国同士の全面戦争だ。大国同士の核戦争はさらに際立った深刻な戦争として、まず真っ先に防ぐ。邪悪であろうが、不公平であろうが、いびつであろうが、とにかく核戦争を防ぐとの思想の下に、常任理事国に拒否権を付与している。

4月7日、ニューヨークの国連本部で決議案を採択する国連総会の研究特別会合(EPA時事)

これは過去75年間以上にわたって機能してきたし、今でもまだ機能している。従って、国連憲章体制が機能していない、不備がある、権威が地に落ちたと言えば、そうだけれども、最後の砦(とりで)みたいな核保有国同士の戦争を防ぐという、首の皮一枚のような機能がまだ果たされている。

ロシアが欠席した安全保障理事会で軍事制裁体制を採る、あるいは湾岸戦争型でアメリカ主導の多国籍軍がロシアに対し制裁を行うことになったら、大変な事態になる。早くやれという人もいるが、早くやったから早く解決するという保証がないどころか、核保有国同士の戦争になる。

また、いたずらに国連はダメだとか、憲章体制を作り直せばうまくいくという幻想にすがりついてもうまくいかない。そのような言葉よりもっと厳しいところに現実はあるという認識をはっきりと持つべきだ。

拒否権は国連創設時にソ連のスターリンがねじ込んだもので、そんな大国の横暴を許さないために集団的自衛権が51条に追加された。国連は当初から今回露呈した矛盾を抱えていた。

歴史的な経緯は全くその通りだが、それはその時の原加盟国51カ国の構成が欧米諸国に有利に構成されていたという事実に裏付けられているだけの話であって、現状を見れば、軍事大国、核保有国が拒否権を持っているという仕組みを5カ国が手放さない。のみならず、他の国々の間にも、5大国から拒否権を奪った方が絶対にいいという確信は本当に強くあるわけではない。

拒否権制限へ地道な積み上げを

国連改革、特に安保理改革を進める動きをどう見るか。

国連憲章体制が完璧でないことは間違いないので、常に改革の余地はある。ただ、現在の危機をばねにして5年後の危機のために議論しておくことと、いまウクライナにある戦争のために何ができるのかという議論は、同時並行的に進めるとしても、やはり別の次元の問題であるという感覚がないと間違える。

国連改革は必要だが、拒否権をなくすことができると考えている人は皆無であるのみならず、なくしたら全てがうまくいくというコンセンサスがあるわけでもない。本当に必要なのは常任理事国が責任を持って行動するということだ。拒否権行使の理由を総会で説明させる試みは、地味だけれど、一つのモラルプレッシャーにはなるかもしれない。

安保理の常任理事国を増やすことはどうか。

現在、理事国は15カ国あるが、常任理事国以外は2年ごとの改選なので、ずっと議論しているのは5カ国だけだ。彼らは世界の安保情勢に非常に詳しいし、2年を超えて責任を持って行動できる。それを裏付けるものとして拒否権があって、「わが国だけが本当に責任を持って行動している」といった態度で、自信を持って拒否権を発動するようになってくる。

10年とかの単位で議論に付き合う国の数をもう少し増やしたら、常任理事国もいいかげんな言い訳ができなくなるのではという期待の下に、常任理事国の数を増やそうとしているが、拒否権付きではない。15の理事国を25カ国に増やす案も出ているが、そうなると紛糾しやすいし、議論も長引きやすい。一回り発言するだけで何時間もかかってしまう。結局、5カ国がインフォーマルに集まって物事を決めてから20カ国がそれに投票するだけになるので、意味がないどころか弊害もあると言える。簡単ではない。

常任理事国であるロシアが責任ある行動を取れる国に戻ってもらうために、安保理改革も行う。同時に、有志連合体による経済制裁によってロシアに少しでも損をさせて、そういう国に戻るきっかけにしてもらおうという行動も取っている。そこに日本も参加している。今のところは、こういう地道な努力を積み上げていくしかない。(聞き手=武田滋樹、亀井玲那)

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