旭川家庭教育を支援する会 相談役 上松丈夫氏に聞く
家庭の教育力低下が指摘される中、全国各地で児童虐待・放任が増加している。学校内でのいじめや不登校も依然として上昇傾向が続く。そうした中、旭川の市民団体「旭川家庭教育を支援する会」が同市に対し家庭教育支援条例制定に向けて活動を展開し、このほど同例案を提示した。条例案作成への経緯や骨子について同会相談役の上松丈夫氏に聞いた。
(聞き手=札幌支局・湯朝 肇)
地域ぐるみで取り組め
実情は学校に丸投げ
旭川の特徴は「祖父母の役割」
上松氏は以前から家庭教育の必要性を訴えられています。今回、家庭教育支援条例案を提示された経緯は。
私自身、旭川管内で教員をした経験があり、その後、道教育委員会(道教委)に入り社会教育主事として勤務しました。家庭教育の大切さを最初に実感したのは教員時代です。何十年も前のことですが、教師として感じたことは、学校教育、社会教育など子供を健全に育てる教育がありますが、その教育の基となる子供育ての原点としての家庭がしっかりしないと日本の教育は大変なことになる。親として保護者として家庭教育を充実させることは難しい側面もありますが、その時から、これでいいのかなという思いを持ち続けていました。
当時、私は小学校で担任のクラスを受け持っていました。1クラスは45人ほどです。その中に3、4人の生徒が家庭の中でしつけられていない、いわゆる基本的な生活習慣が身に付いていない子がいるのです。担任として学級通信などで保護者に家庭でのしつけをしてもらうようアピールもしましたが、毎年、問題行動を起こす子供が入学してきます。ですから、道教委で社会教育主事となってからも家庭教育を少しでも充実させたいという思いで仕事に取り組んできました。
中札内村では教育長として社会教育の充実に取り組みましたね。
道教委の仕事を終え、旭川に戻り小学校校長に、退職後は北海道教育大学旭川校准教授として勤務しました。そこでは教職大学院を立ち上げる話があり、私もそのプロジェクトに加わりました。私が担当した分野は道徳、社会教育、家庭教育です。もっとも、教育大学には1年も満たずに十勝管内中札内村の教育長として赴任し10年近く過ごしましたが、そこで中心的に取り組んだのは家庭教育、社会教育をいかに充実させるかでした。中札内村は落ち着きのある静かな町で、児童生徒の学力・体力も高い。それでも困り感のある家庭はありました。そうした家庭には行政として支援していくのは当然ですが、地域ぐるみで支援していくことが大事だと考えたのです。そこで行った事業の一つが、コミュニティースクールです。この事業は後に文部科学大臣表彰を受賞しています。
それから4年前の2018年に、旭川に戻ってきました。そこで分かったことは、旭川市では市民が家庭教育に対して意識を持ち、地域ぐるみで取り組んでいる体制がほとんどできていないことでした。コミュニティースクールは広がりつつあるものの、ほとんどが学校に丸投げの状況で地域ぐるみで家庭教育を支援するというものではありません。そうした中で市民団体の旭川家庭教育を支援する会を知り、1回目の講演の講師に呼ばれたのがこの会との縁となりました。同会では旭川家庭教育支援条例を制定することを目指しており、私もその趣旨に賛同し相談役として参加することになったのです。その後、会の方から条例案作りを依頼されて、たたき台として今回作ったという次第です。
先程、教員時代にクラスの中に基本的な生活習慣が身に付いていない児童がいるとのことでしたが、具体的にはどのようなことでしょうか。
新入生として入学してくる小学生を見ると、如実に分かる。椅子に座っていないのです。親も意識していない。学校は自由だと思って、授業の時間も座っていない。そうした状況がだんだんひどくなっていく。他の学校でもこの傾向は同じで、小学校に入ったら人の話をきちんと聞けるように、学校に入る前にしっかりとしつけてもらいたいと思うわけです。
当時を振り返れば、クラスの2、3人が抜け出してどこかに行ってしまう。探しに行っている間に、授業が終わってしまうというような状況が毎日のように続く。これでは学校教育になりません。確かに家庭教育は難しい面があり、満点ということにはならない。ただ、少しでもいい方向にもっていくことが大事だと思います。
一事が万事で、旭川でもいじめや不登校・虐待などいろいろな事件があります。事件を起こした生徒や児童、青年たちがどのような育ち方をしてきたのか、単に家庭の問題として捉えるのではなく、地域ぐるみで家庭教育を支援するという視点で捉える必要があると思っています。
今回提示された条例案のポイントは。
これまで家庭教育支援条例が制定されている自治体は全国で9県6市あります。今回の条例案はそれらを参考にして、旭川市に合う形で条例案を作ってみました。その中で他の自治体と違うところは、祖父母の役割を強調した点です。例えば福井県は学力も高く、家庭の教育力が高いといわれていますが、同県は3世代同居の割合が他の都道府県に比べて非常に高い。祖父母が孫の行動に目を光らせているのでしょう。家庭内でのしつけが行き届いている側面があります。子育てに関する知恵や経験を生かし、保護者と連携を取ってもらうことは家庭教育には極めて有効です。そうした祖父母の役割を条例案に盛り込みました。
もちろん、保護者、学校、地域住民・団体、事業者の役割を明確にするとともに、親になるための学びの支援や子供の就学前教育の充実、家庭教育を推進するための人材育成の必要性も条例の中に組み入れました。
また、今回の条例案では市に対して年次報告と公表の義務付けを提案しました。条例案を作っても作りっぱなしではいけません。年度ごとに取り組んだ事業について、毎年市長が報告し公表することで、行政も市民も家庭教育に対して意識と関心を高めることになると思います。全体を通して子供を地域の宝として取り組める条例案にしたつもりです。この条例案に対し、積極的な意見を挙げてもらって安心して子育てできる環境づくりをしていきたいと考えています。
【メモ】これまで家庭の教育力低下が叫ばれてはきたものの教育行政の中で家庭教育を専門に担当する部署はなかった。上松氏はかねてから社会教育と家庭教育はクルマの両輪と訴え、それを実践し、具体的な成果を上げている。家庭教育支援条例は全国で現在、9県6市と数は少ない。誰もが条例の必要性を感じながらも政党間の利害でスムーズにいかないとのこと。それでも上松氏は条例制定まで諦めることなく取り組んでいきたいとしている。