台湾の大学誘致で地域活性化 福岡県豊前市長 後藤元秀氏

地方創生・少子化対策 首長は挑む

交流から志を学ぶ場に

ここ数年、台湾の大学と連携したサテライトキャンパス(分校)誘致に力を入れているのが福岡県豊前市だ。地域創生に向けた「人口増加策」に挑む後藤元秀市長に話を聞いた。(聞き手=石井孝秀)

台湾のサテライトキャンパスをつくる計画はどのように始まったのか。

ごとう・もとひで 福岡県出身。福岡県立修猷館高等学校、慶應義塾大学法学部卒業。1974年、西日本新聞社入社。社会部記者などを経て85年に退職。91年4月、福岡県議会議員に初当選。2013年4月、豊前市長に初当選。現在3期目。

市内の子供の数が減ったため小中学校や高校を統合・再編しなければならず、その余った校舎に海外の学校を誘致する計画を立てている。

最初は在福岡ベトナム総領事館と、介護・看護系学校の分校をつくるという話をしていて、本当は今年4月に開校予定だった。だが、新型コロナウイルスのためにその話がしぼんでしまった。

台湾のサテライトキャンパスの構想が始まったのは一昨年6月の市議会がきっかけだった。台湾のWHO(世界保健機関)へのオブザーバー参加を認めるよう働き掛けることを政府に要請する意見書を九州・山口地域で初めて採択した。

台北駐福岡経済文化弁事処の陳忠正総領事(当時)は、自身の管轄でそういった出来事があったために大変驚かれたようだ。とても感謝され、豊前市のために恩返ししたいと言われた。

そのような中で、ベトナムの分校の話をしたところ、「ぜひ台湾でもやらせてほしい」と一気に火が付いた。実際に開校するまで、まだ3~4年はかかる見込みだが、学生たちの住む住居やインターネット環境の整備など、準備を進めている。さらに分校に関心を持つ大学の学長たちの視察や実際に台湾の学生たちを迎えて豊前に滞在してもらうことなどを今後予定している。

この学校誘致をきっかけに、将来的に台湾観光客の一番多い地域を目指したい。また、今の台湾の政情が難しいので、軸足を日本に移したい企業は少なくないようだ。有名な中華料理店なども誘致して、「リトルタイペイ」をつくりたいとも考えている。

海外の学生を地域に迎え入れる上でのメリットと課題は。

豊前市 昭和30年4月に9ケ町村が合併。当初は宇島市だったが、同年4月に豊前市と名称を変更。面積は111・01平方㌔㍍。南に修験道の遺跡で知られる求菩提山などが控え、北は周防灘(瀬戸内海)に面している。人口は2万4507人(昨年12月16日現在)。

地域の実情を見ると、実は学生の力を必要としている。例えば、工場や飲食店などで「来週忙しくなるので人を増やしたい」と思っても、高齢者が多い地域では人手が集まりにくい。このほか、農業で収穫を急ぎたい時や介護施設の臨時スタッフなど、学生アルバイトが活躍できる現場は意外と多い。

一方で、外国人を「労働力」とみる人は、「人間」が来たということを意識せず、批判的になりやすい。地域の人々の「受け入れ力」が重要になってくる。

例えば、3年前ほど前には、ベトナムから来た市内の技能実習生を招き、バレーボール大会を開いたり、食事会を行ったりしたことがある。昨年12月には、ベトナムからの実習生の7チームと豊前市の3チームでサッカー大会を開催した。エキサイトした試合で盛り上がり、友好の熱を交換できたと思う。

ルールだけを押し付けて、労働力など目当てのものだけを取り込む都合のいい外国との付き合い方はない。それこそ逃亡や犯罪につながってしまう。

もちろん分校計画にはお金が掛かるので批判もある。分校より若者が地域に残るような施策をしてほしいとか、人によっては外国人というだけで「危ない」「テロ」と怖がる声もある。

だがある時、コロナ集団接種の会場で12歳くらいの男の子が私に「台湾の学校をつくってください」と応援してくれた。それを聞いて本当に涙が出た。こういった小さな声に支えられている。

豊前市の児童生徒が台湾の若者たちと交流することで、特に期待できることは。

昔、台湾を日本が統治していた際、烏山頭ダムをつくった八田與一など、各分野で台湾のために力を尽くした日本人が大勢いた。中には命を落とした教育者たちもいる。それは武士道などに由来する日本の精神教育が原動力だった。
台湾ではこういった日本人の姿をちゃんと教科書で教えている。だが、現在の日本では、偉人たちの背中を教えるような教育をしなくなった。だからこそ、日本の若い人には台湾の人々と交流することで、日本人が忘れてしまった精神を知り、自分がどんな人間になりたいのか、志の教育につなげてもらいたい。

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