増える獣害 どう共生

森林ジャーナリスト 田中 淳夫氏に聞く
野生動物による獣害の被害が深刻化している。農林水産省が発表したデータによると、2012(平成24)年度から右肩下がりだった農業被害金額は、一昨年の2020(令和2)年で被害金額が約161億円。これは前年度に比べ約3億円の増加で、いまだ解決の糸口が見えていない。獣害被害の拡大にどのような背景があるのか。森林ジャーナリストの田中淳夫氏に、人間と野生動物たちとの共生の在り方について話を聞いた。
(聞き手=石井孝秀)

人と動物に緊張関係を
田畑侵入の予防策を徹底化
都会への出没増加を懸念

森林ジャーナリスト 田中淳夫氏
たなか・あつお 1959年大阪生まれ。奈良県在住。静岡大学農学部林学科卒。卒業後、出版社、新聞社等を経てフリーの森林ジャーナリストになり、森と人との関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に新著の『虚構の森』(新泉社)、『獣害列島』(イースト・プレス/イースト新書)、『絶望の林業』(新泉社)などがある。

獣害が増えた原因として、開発によって野生動物が住処(すみか)を追われ、人里に出て来ているという説明があるが。

私はその考え方に反対だ。基本的に日本各地で動物の個体数が増加し、人間社会にまで生息域を広げているというのが大前提だろう。

人間側も少子高齢化などで中山間地域からの撤退が始まっている。放棄される農地も増え、その放棄された部分に動物たちが進出してきているという状況だ。

ではなぜ増えてきたのかというと、これは研究者の間でも答えは出ていない。しかし、一つ確実に言えるのは餌が増えたということだ。

その餌はどこから供給されているのか。例えば、放棄された農地には草が茂りやすい。中には人工林だと食べ物がないという人がいるが、実際のところ、杉林の多くに高さ2~3メートルの広葉樹などが結構生えており、これも草食動物の餌になっている。

ここで過去の獣害を振り返ると、記録を見る限り江戸時代もかなりの獣害があった。だが、幕末から明治にかけて野生動物ががくんと減っていた時期がある。事実、戦後しばらくまで自然が荒れていたため、野生動物は生息しづらかったのだが、1980年代から獣害が深刻化し始めた。

オオカミが絶滅したから野生動物が増えたという主張もあるが、絶滅後約80年間、獣害は目立たなかった。だから、別にオオカミがいないから獣害が起こるというわけではないだろう。

このように長いスパンで見れば、むしろ獣害の少なかった時期の方が珍しかった。むしろ、自然側が回復傾向にあり、森が回復してくるにつれて動物も増え、獣害が再び増えてきた状況だと言える。

駆除数が増えれば、獣害の減少が期待できるのか。

そう簡単な話ではない。

ある地域でイノシシをたくさん駆除したのに、獣害は全然減らないというケースもあった。獣害を引き起こす個体は決まっており、田畑に侵入するプロのような“名人”が動物たちの中にもいる。その個体を捕まえない限り、被害が減らない。だから田畑に現れる個体を優先して狙うべきなのだが、これは山中で捕まえるより難しい。

求められているのは被害を減らすことなので、駆除数にこだわらなくてもいいだろう。一番に考えるべきは、襲われる田畑や果樹園をどう守るか。防護柵を築いて農地に入らせないことが重要だが、予防も願われている。

野菜は品種改良を重ねたものだから、おそらく動物からしても野生の植物と比べて甘く、おいしいのだろう。しかも、まとまって栽培されているので、山の中で探すより効率もいい。

農地においしい餌があると知ってしまったから野生動物が食べに来てしまう。実は白菜の切れ端や規格外の農産物など、農家の人が善意で動物たちにあげてしまうという話がよくある。味を覚えさせないよう、農家の人たちに徹底してもらう必要がある。

獣害と聞くとイノシシやシカを思い浮かべるが、野生化したネコによる野生動物の殺害も懸念される問題の一つだ。

伊豆諸島の御蔵島にはオオミズナギドリという準絶滅危惧種の海鳥が生息している。もともと175万~350万羽もいたとされるオオミズナギドリが10万羽程度まで減ってしまったと言われている。これもネコに捕食されたためで、地上にいる動きの鈍いところを襲われているようだ。

小笠原諸島でも貴重な野生動物の保護のため、外来種となるネコの駆除を進めようとしたところ、愛護団体からの猛反対が起きた。そのため、捕獲したネコを殺処分せずに本土に送り、東京獣医師会が引き取って里親を探している。手間もコストも掛かるが、ネコのためボランティアで献身する人が多い。

だが、既に1000匹以上が送られているが、本当にすべてのネコに里親を見つけることができるのか疑問だ。野生化したネコを飼うのも簡単ではないし、ずっと獣医師の手元で飼い殺しになっているという話も聞いたことがある。

ネコは繁殖力もあり、離島のネコをすべて捕獲することは不可能なので、離島での捕獲活動がいつか終わりを迎えるということはないだろう。獣害対策としてイノシシやシカは年間120万匹も駆除されている。それでも足りないと言われているのに、ネコを1万匹殺せば大騒ぎになる。このやりきれないアンバランスな状態が続いている。

ただ、獣害をすべて駆除で解決しようというのは無理があると私も思う。野生動物との共生の難しいところだ。これをすれば解決するというような回答はない。

具都会でも野生動物が出現したといったニュースが時々話題に上る。

獣害というと中山間地域が意識されがちだが、今後は都会への出没増加が課題になると考えている。河川敷沿いに移動するなど、意外と大都会の中心まで野生動物は入り込んでしまいやすい。空き家に潜り込めば住処になるし、木が生えている公園には餌がある。

既に地方都市は野生動物にだいぶ浸食されてきた。私の住んでいる街でも駅前でタヌキ、自分の家の庭でイタチを見掛けたことがあった。大都市で野生動物が身近になるのも時間の問題かもしれない。

野生動物たちとの共生は、駆除をすればいいというわけでもないし、「かわいいから保護する」とはまた違う。許容範囲を超える被害が出るなら、駆除を含めた適切な対応を取るべきだし、野生動物側にも人間に対して警戒心を持たせるべきだろう。

しかし、人間も野生動物に対する習性についてよく知ることが大切だ。もし都会で野生動物に出合うことが増えても、被害を避けられるなら、それは一種の楽しみになる。人間も野生動物側も互いに緊張状態を保つような関係性が、共生の社会には必要だろう。


【メモ】よく「野生動物=被害者」、「人間=加害者」という観点で論じられる動物愛護。しかし、人間もまた動物に悩まされる立場という田中氏の主張には、現実味があって考えさせられた。人間と自然との関係について、まだ誤解や思い込みが多いのかもしれない。田中氏も指摘している通り、まずは「知る」ことから共生の道が開けるのだろう。

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