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可能性秘める僻地教育

北海道教育大へき地・小規模校教育センター副センター長
川前あゆみ氏に聞く

地方の人口減少が進む中、小中学校の小規模校化が加速している。そうした中で文部科学省はソサエティ5・0に合わせてGIGA構想の普及に余念がない。僻地(へきち)・小規模校でもICT(情報通信技術)教育を導入することで新しい教育の形を模索している。北海道教育大はこれまで長年にわたってこのテーマで研究に取り組んできた。地方の小中学校が抱える課題や僻地教育への取り組みを同大へき地・小規模校教育研究センター副センター長の川前あゆみ・釧路校教授に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)

個に寄り添う教育実現へ
協調・共助の精神養う
ICT教育は使い分け必要

北海道教育大へき地・小規模校教育センター副センター長 川前あゆみ氏
かわまえ・あゆみ 釧路市出身。平成7年、釧路公立大学経済学部卒。同9年、北海道教育大学大学院教育学研究科修了。北海道大学大学院教育学研究科博士課程修了。香川短期大学助手、同大専任講師を経て2006年、北海道教育大学教育学部釧路校講師。現在、同大学へき地・小規模校教育研究センター副センター長、教授。主な著書に『教員養成におけるへき地教育プログラムの研究』など多数。

人口減少の加速化が進む中で地方の学校の小規模校化が加速しています。北海道の僻地・小規模校の現状はどうなっているのでしょうか。

通常、僻地校とは離島や山間地など交通条件や自然的・文化的諸条件に恵まれない地域に存在する公立の小中学校のことを指しています。一方、小規模校とは小中学校では標準学級(12~18学級)に満たない11学級以下の学校をいいます。また、複式教育とは異なる学年の児童生徒を一つの学級に編制したもので、小学校では2学年で16人、中学校で8人を標準としてクラスを編制することになっています。

これらの三つの特性、いわゆる僻地性、小規模性、複式形態を持っている教育を僻地教育と呼んでいますが、北海道は僻地校の割合が全国的に見ても上位にあります。具体的には令和2年度時点で北海道の小学校数は992校ありますが、僻地校は352校(全体の35・2%)に上り、中学校では566校中255校(39・8%)でおよそ4割を占めています。また、複式学級を有する小学校は226校と全体の26・8%となっており、例えば道南部の檜山管内では管内の小学校の70%の学校が複式学級となっているという状況があります。今後、こうした僻地・小規模校は人口減少の加速化でさらに増加していくと思います。

僻地校はこれまで都会の学校に比べて課題が多いとみられがちですが、「教育の原点」がそこにあるともいわれていますね。

僻地校は地理的な側面から文化的な諸条件に恵まれないことや、生徒が少ないことで学習活動が制限されるといったマイナスのイメージがありましたが、逆に僻地校だからこそできることが沢山あります。例えば、人数が少ない分だけ教師は個に応じた指導ができます。教師は生徒一人ひとりの思いや理解度をよく把握して指導できるというわけです。

また、僻地校には豊かな自然があり、地域の人とのつながりが深く、そうした地域資源を生かした体験活動を教育の中に生かすことが十分可能。さらに少人数であるため生徒同士が互いに親密な関係にあり、協調・共助の精神を養うこともできるという利点があります。

一方、僻地校で教える教師は、授業以外に地域とのつながりを深めるなどいろいろなことを担当せざるを得ません。教師は生徒一人ひとりに寄り添い、また教師としての技量や内面的な心の持ち方などスキルアップにつながるという意味では、僻地校教育は「教育の原点」といえるでしょう。さらに近年はICTの導入で遠隔双方向授業が可能になることから学校同士や他地域とのつながりを持つことができるため、僻地教育は大きな可能性が生まれると考えています。

北海道教育大学釧路校では実践教育や定期的なフォーラムの開催など、僻地教育に積極的に取り組んでいると伺っていますが。

釧路校は教育理念として、「実践力を重視したオンリーワンの教員養成」を謳(うた)っているのが特徴です。僻地教育に限らず、小中学校の学校現場で学ぶ「教育フィールド研究」において体験実習を充実させながら、地域の諸活動と関わりながら「実践力」を磨いていくことを主眼として取り組んでいます。

その中で、僻地教育に関して言えば、大学4年間を通して東北海道の僻地・小規模校を実際に訪問体験して学ぶ「へき地校体験実習」をカリキュラムに載せ、そこでは学習指導をはじめ、学芸会や学校行事、収穫祭など地域行事を通して保護者や地域との関わりを深めるように指導をしています。というのも、北海道は前述した通り僻地・小規模校がとても多く、教師に多くの力が求められるからです。勉強をしっかり教える力、少人数の子供たちを工夫して指導する力、地域とのつながりを図る力など、そうした力を身に付けるためには年次の早い段階から学校現場に接することが必要だと考えています。

具体的にはどのようなカリキュラム構成になっているのでしょうか。

1年次入学早々、丸一日かけて僻地・小規模校を訪問する「新入生研修」を持っています。全員参加でグループに分かれて早朝にバスに乗り、僻地校を訪問体験するのですが、そこで小さな学校の様子や複式学級などを実際に見て子供たちと接していきます。
体験を終えた学生の反応を見ると「僻地校へのマイナスイメージを払拭できた」「改めて教師になりたいと再確認できた」「普段体験できないような複式学級を間近で見ることができた」など総じて肯定的な感想が返ってきます。

2年次(1週間)、3年・4年次(2週間)は校区内の教員住宅などを使わせてもらいながら、複数の学生が寝食を共にする共同生活を行って体験実習を行っていきます。学生の中には4年間、毎年実習に参加する子がいて、卒業時、取得単位数が200単位近くなるのでかなりハードといえます。釧路校の教員就職率(令和3年5月時点)は約70%、そのうち札幌市を除いて70%が道内で教員として採用されています。

近年、文部科学省はGIGAスクール構想を提唱し、ICT教育に力を注いでいるように見受けられます。ICT教育は僻地・小規模校教育にどれほど効果的なのでしょうか。

遠隔教育などICTを使った教育は、人をつなぐという部分では大きな可能性を持っていると思いますし、それは紛れもない事実だと思います。少人数の僻地・小規模校においては学校間同士や都会と田舎などというようにつながりを持たせ、人と人とのつながりを広げる、あるいは情報の共有など効果的な側面があります。

ただ、小学校1年生から6年生まで、すべてICTを使って教育が完結するとも思えません。教育は人と人との直接的な関わりの中で育まれるものと思います。教師と生徒の直接的な交わりで育つ部分と、ICTを使って生徒一人ひとりのさまざまな能力を引き出す教育など、色々な工夫の中で使い分けることが重要なのではないでしょうか。そういう視点からも教師の力量が問われる時代になると思います。


【メモ】川前氏は大学時代に壺井栄の『二十四の瞳』を読んで感動し教師になろうと決意し、僻地教育を志したという。教育の原点は児童生徒一人ひとりに寄り添うこと、という川前氏の言葉に研究の出発点を見る。教師志望者が減少しているという昨今、川前氏の言葉が光る。

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