第三者提供の精子を使った人工授精や体外受精でトラブルが増えている。夫のものと偽って持ち込まれた精子で出産させた病院が訴えられただけでなく、個人間の精子のやりとりでさえ野放し状態だ。政治の不作為で最も苦しむことになるのは子供だ。子供の福祉を重視し法整備を急ぐ必要がある。
損害賠償求める訴訟も
提供精子による人工授精(非配偶者間人工授精=AID)は、夫が無精子症などの医学的理由で子供ができない夫婦に限って実施される医療行為だ。もちろん夫の同意が前提だ。
離婚協議中だった妻が「夫の精子」と偽り提出した第三者の精子で体外受精した医療機関に対し、男性が今年3月、同意確認が不十分だったとして損害賠償を求める訴えを起こした。離婚成立前、偽造した同意書を提出し、出産した妻は昨年4月、有印私文書偽造・同行使罪で有罪判決を受け確定した。
日本産科婦人科学会は「会告」で、提供精子を用いた不妊治療は「婚姻している夫婦」に限定し、病院側に同意書の取得・保管を求めている。だが過去には、冷凍保存された受精卵を使った治療が夫の死後に行われていた事例が発覚した。
個人間の精子提供も増えている。SNSで知り合った男性から精子提供(性交渉によるもの)を受け出産した女性が、本当は男性が中国籍で別の大学を卒業した既婚者であったにもかかわらず、「京大卒の独身日本人」などと偽っていたとして損害賠償を求める訴訟も起きている。
晩婚化などの影響で、生殖補助医療で生まれる子供は年間、約8万6000人(2024年、同学会調べ)に達する。新生児約8人に1人の割合だ。AID最大の課題は、子供の知る権利をどう担保するかだ。成長した際、生物学的な父親について知ることは本人のアイデンティティーの確立に関わる。
同学会は今年6月、会告を改定。「精子提供者は匿名とする」との文言を削除し、「子供が成人した後に提供者と会う権利をできるだけ尊重する」と明記した。これにはジレンマがある。医療機関への提供者が減り、個人間の無責任な提供が増える恐れがあるのだ。子供の福祉重視の観点から法整備を進め、非倫理的で無責任な行為に歯止めをかけることが肝要だ。
日本人は「命は授かりもの」という感性を大切にしてきた。この言葉には人間の尊厳や命の神秘性が込められており、人権尊重の理念に命を吹き込んできた。AIDで生まれたことを知ると、「人の手でつくられた」と思い、自分の尊厳を見いだせない「アイデンティティー・クライシス」で苦しむ人が少なくないことも忘れるべきでない。
大手メディアは猛省せよ
ほかにも容認できないケースがある。女性同性愛カップルは結婚できないし、自然には子供が授からないから、個人間の提供精子で出産・子育てするカップルがいるが、一線を越えている。かつて、こうした子育てを「新しい家族」ともてはやした大手メディアがあった。無責任な精子提供を煽(あお)ったことを猛省すべきである。







