きょうは終戦の日。先の大戦で散った300万同胞の御霊の安からんことを祈りたい。その犠牲の上に築かれた戦後の平和の尊さをかみしめ、これを守るために今求められているのは何かを考えたい。

「非武装中立論」が典型
甚大な犠牲を伴った敗戦の教訓から、戦後の日本では「平和」が最も尊い価値となった。昭和22年に施行された日本国憲法は平和主義を高らかに唱え、第9条において国際紛争の解決手段としての武力行使を否定。戦力を保持せず、国の交戦権まで認めないと規定した。
このようなあまりにも理想主義的な憲法が制定されたこと自体、今から見れば異常なことであった。軍国日本の解体を狙った米国の思惑が背景にあったが、敗戦に衝撃を受け、戦争はもうこりごりという空気の中にあった日本国民は受け入れた。
しかしその平和主義は、絶対視される中で疑似宗教化し、「平和」と「戦争反対」を唱えれば平和が維持できると考える「空想的平和主義」を生んだ。かつての社会党が長年にわたり唱えた「非武装中立論」がその典型である。
国是ともいうべき平和主義を掲げ、さまざまな活動が特定の政治的な意図の下に進められてきた。米軍基地への反対運動などは、反戦平和に名を借りた反米運動であった。こうした似非(えせ)平和主義が横行したのも戦後日本の現実である。
平和教育も盛んに進められてきた。戦争の惨禍を伝え、平和の尊さを学ぶことは重要である。しかし、政治的に利用されるケースもあった。修学旅行中の高校生が「平和学習」の一環として乗船した船が転覆し、女子生徒ら2人が死亡した辺野古沖抗議船転覆事故もこのような背景の中で起きた。
戦後、平和憲法が制定され受け入れられた背景には、国連の設立で新しい平和の秩序が構築されることへの期待もあった。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」はそんな時代状況を反映したものと言える。
しかし、戦後81年の世界の現実は「諸国民の公正と信義に信頼」できるような状況ではないことをまざまざと示している。ロシアのウクライナ侵攻に始まる戦争は4年を経てまだ収束の兆しが見えない。
ロシアのプーチン大統領が侵攻を決意したのは、電撃作戦でウクライナがすぐ屈服するだろうと予想したためと思われる。ウクライナの抗戦意思と交戦能力を見くびったのだ。
現実的な取り組み強化を
戦争を誘引するのは力の空白や抑止力の欠如であることを、戦後80年以上を経て日本人は悟りつつある。「平和のリアリズム」をようやく受け入れるようになった。
しかし、戦後の空想的平和主義や似非平和主義による国民への刷り込みの影響は、大学などアカデミズム、マスメディア、リベラル派政党の政治家などに残っている。こうした勢力の妨害を跳ねのけ、平和維持への現実的な取り組みを強化していかねばならない。







