皇位の男系継承の伝統が守られ、その基盤がより安定的になったことを歓迎したい。制定79年で初めての皇室典範改正は、「戦後レジームからの脱却」への大きな一歩でもある。
高市首相の断固たる決意
皇族数の確保を目的とした改正皇室典範の成立によって、女性皇族が結婚しても皇室に残ること、旧宮家の男系男子が養子縁組で宮家に入ることが可能となった。これによって、皇族数の減少を抑えるとともに宮家存続への道が開かれた。
皇族数、特に男性皇族数の減少は、将来、悠仁殿下が皇位につかれた時、周りに男性皇族がいないという状況にもなりかねず、喫緊の課題であった。2021年に政府有識者会議が報告書を提出したが、野党の実質的サボタージュ、与党の怠慢によって国会での議論は進展しなかった。しかし高市早苗政権の誕生で議論は本格化し、衆参両院正副議長の下で「立法府の総意」がまとめられ、今国会での成立に至った。
旧宮家男子の養子縁組による皇族復帰を可能としたことは「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍晋三元首相の遺志を引き継いだ高市首相の断固とした決意があって実現した。実に感慨深いものがある。
女性皇族に関しては結婚した場合、その夫と子供の立場が争点となった。もし子供を皇族とした場合、将来的に男系継承を揺るがす要因となりかねない。改正皇室典範では、夫と子供は一般人のままとされ、男系継承の原則は守られた。
旧11宮家の15歳以上の男系男子が養子縁組で宮家に入ることについては、長く一般人として生活してきた人たちが皇族になれるのか、国民の理解を得られるかとの疑問が呈され、立憲民主党や共産党などが反対した。
国民の理解の前提となるのは、皇位継承の伝統や旧11宮家に対する正しい理解である。神武天皇から126代今上陛下に至る皇位は例外なく男系で継承され、国の統一性と安定の基礎となった。そのために先人たちは大変な苦心をしてきた。
旧11宮家は、室町時代に創設された伏見宮家に始まり、明治天皇の内親王4方が嫁がれ、香淳皇后は久邇宮家から昭和天皇に嫁がれ、昭和天皇の内親王は東久邇宮家に嫁がれている。戦後GHQ(連合国軍総司令部)の指令で皇籍を離脱するが、昭和天皇の御意向によって旧宮家の方々は「菊栄親睦会」などで皇族方と親戚としての交流を続けてきている。共産党の小池晃書記局長の「赤の他人」など、とんでもない指摘である。
マスコミが国民の理解を重視するのであれば、反対派の浅薄な言説を垂れ流すのではなく、このような歴史や伝統に改めて国民の目を向けさせ、考えさせる報道をすべきである。
「静謐な環境」求めたい
旧宮家のうち久邇家など4家に男系男子が存在する。
今後、養子縁組の話が進められることになるが、養子案に反対だったメディアが妨害的な報道をすることが懸念される。国会での議論中に言われた「静謐(せいひつ)な環境」を、これからも求めていきたい。






