トップオピニオン社説建国記念の日 国柄を培った皇統の継承【社説】

建国記念の日 国柄を培った皇統の継承【社説】

 きょうは建国記念の日。初代神武天皇が大和の橿原宮で即位したとされる日である。今日まで続く皇統がここに始まり、日本国の基礎が築かれた。その原点を確認し、存続と発展のために尽力してきた先人たちの歩みを偲(しの)びたい。

政治権力を超越した権威

 初代天皇の即位の日を建国の日とするのは、わが国の成り立ちと国柄を考えれば至極当然なことである。しかし、国民の祝日として建国記念の日を制定することに対し、戦前の国家主義の復活につながるなどとして、一部の歴史学者や左翼政党が反対した。本来、国家にとって最も重要な日であり、盛大に祝うべき日であるにもかかわらず、いま一つ盛り上がりを欠くのは、今では下火となったものの、そのような反対運動の影響が少なからずあるとみられる。

 憲法記念日を建国の日とすべきという主張もあるが、浅薄な国家観、歴史認識に基づくものだ。わが国の国柄は、戦後のたかだか80年の歴史で生まれたものではなく、遥かに長い悠久の歴史の中で培われてきた。その中心には皇室があり、独自の文化を育ててきた。

 時の権力者が代わっても、皇室が政治権力を超越した権威として存在し続けた。これによって国家の統一と安定を保つことができた。わが国皇室が世界最古である背景には、男系継承によって万世一系の皇統が保たれたことがある。男系維持のため、先人たちの苦労があったことを忘れるべきではないだろう。

 皇統の危機は度々訪れた。118代後桃園天皇に子供がなかったため、その後を閑院宮家の兼仁親王が継承し、119代光格天皇として即位した。今上天皇はその直系に当たる。閑院宮家は、新井白石が男系の皇統を守るため、新しい世襲親王家を立てることを幕府に献策して設けられたものだ。

 現在、男子皇族数の減少は、白石が憂慮した頃以上に深刻な状況にある。敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって11宮家が廃止された影響が顕在化したとも言える。

 令和3年、安定的な皇位継承と皇族数確保のための政府の有識者会議は、女性皇族が結婚後も皇室に留まることと、旧宮家の男子が養子として皇籍に復帰することの2案を提言した。それから4年以上が経過しているが、国会での議論は遅々として進んでいない。理由は政府・与党の怠慢もあるが、それ以上に野田佳彦立憲民主党代表(当時)のように「まだまだ論点がてんこ盛り」などと議論を徒(いたずら)に長引かせてきたことが大きい。

 高市早苗政権が発足し、今回の衆院選で自民党が衆院の3分の2以上の議席を確保した。拙速は避けるべきであるが、これまでの論点整理、国民への説明を加速するとともに、旧宮家の男子を皇族とするために養子縁組を可能とする特例法の制定ないし皇室典範の改正を急がなければならない。

先人の努力を啓発せよ

 日本の国柄は、国民と苦楽を共にする皇室を中心に形づくられてきた。その皇統が男系によって継承されてきた歴史、そのための先人の努力を政府は国民に啓発する必要がある。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »