中国人民解放軍制服組トップの張又侠・中央軍事委員会副主席と劉振立・軍統合参謀部参謀長が失脚した。
軍機関紙・解放軍報は「中央軍事委の主席責任制を踏みにじった」と張氏らを非難した。主席責任制とは指揮権を持つ軍最高指導機関・中央軍事委の権限を習近平国家主席(中央軍事委主席)に集中させることだ。
幹部を萎縮させる粛清
「政権は銃口から生まれる」(毛沢東)の言葉は、現在の中国でも生きている。政治的求心力は軍を後ろ盾にしなければ担保されないのが、中国共産党政権だ。そのため共産党総書記は独裁政権維持のため軍のグリップを最重要視する。党の「絶対指導」に従わせるため、軍人同士の相互監視や密告など精緻な管理システムも構築している。
ただ「信なくば立たず」との言葉通り、政治の基本は信にある。孔子は政治を行う上で大切なものとして、兵、食、信の三つを挙げ、その中で最も重要なのが国民からの信頼であると説いた。
粛清された張氏は習氏の幼なじみだった。その竹馬の友も落馬した。幼なじみだろうが兄弟だろうが権力絡みで冷酷に粛清される政治的凍土の世界で、そうした信が芽吹くはずもない。
共産党で汚職摘発を担う中央規律検査委員会を習氏の懐刀とした、終わりの見えない粛清は多くの共産党幹部を萎縮させる。「あすはわが身」との疑心暗鬼にとらわれ、沈黙こそが身の安全を保証するものとなって本音を語ろうとしなくなるからだ。その結果、面従腹背の統治で誠実さが欠落した官僚形式主義や保身のための無作為が助長され、社会の実態も真実のデータも上に届かなくなる。
中央規律検査委は今月中旬、昨年の汚職を巡る摘発・処分者数が98万3000人に達したことを明らかにした。これは共産党がデータを公開し始めた過去20年間で最多の記録だ。
こうした強権統治の行き着く先は「裸の王様」が虚構のレールを走ろうとして起きる脱線劇だ。懸念されるのは、習氏が長年抱き続けている台湾併呑(へいどん)への野望だ。
「戦って勝利できる軍になれ」と檄(げき)を飛ばしてきた習氏は、軍創設100年の2027年までに台湾侵攻の準備を完了するよう指示したとされる。今回の粛清劇も、台湾侵攻に慎重姿勢を崩さなかった張氏が邪魔だったのかもしれない。1979年の中越戦争に従軍した張氏は、無謀な戦争の悲惨な結末を身をもって知っており、米国と対峙(たいじ)することになる台湾侵攻も「現実的ではない」としてブレーキ役を担ったとされる。そうした苦言をもいとわない軍長老が消え去り、イエスマンだけが残れば、軍の機能不全で「台湾侵攻が遠のいた」との見方が覆される恐れもある。
東アジア安保の議論を
資源小国で貿易立国のわが国にとって、シーレーン(海上交通路)が脅かされる台湾有事は即、日本有事を意味する。折しも始まった総選挙における各党の論戦で、どのように中国の野心を封印し東アジアの安全保障を担保するのか真摯(しんし)な議論を期待したい。






