
安倍晋三元首相が2022年7月に銃撃され死亡した事件で殺人罪などで起訴された山上徹也被告の裁判員裁判の初公判がきょう開かれる。
真相の解明とテロという事件の本質から眼を逸らさぬ公正な審理が求められる。
山上被告の量刑が争点
被告は参院選の応援演説中の安倍氏を手製銃で襲撃した。民主主義の根幹を揺るがす極めて深刻なテロ犯罪である。しかし、被告の母が入信している世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みが犯行の背景にあったと奈良県警がリークしたことを機に被告への同情論が起きた。
報道によると、被告は殺人罪は認める方針で、量刑が争点という。弁護側は母が旧統一教会に入信し多額の献金を行ったことが子供に対する「宗教虐待」であるとし、情状酌量を求めるとみられる。世界の常識から懸け離れた「宗教虐待」の概念を持ち出すことで裁判員の理性を曇らせることが危惧される。
一方、検察側は殺意の強さや計画性から犯行の悪質性を主張するとみられる。手製銃の製造や事前に安倍氏のスケジュールを調べるなど計画性は明らかである。しかし事件の本質は、何よりも民主主義の根幹にある選挙の演説中に有力政治家を襲撃したテロであること、そして直接的には恨みの対象ではない安倍氏を襲撃・殺害することで、旧統一教会への世間の非難を巻き起こし、教団に対する恨みを晴らそうとしたことにある。
被告は安倍氏を「本来の敵ではない」とも言っていると伝えられる。だが、旧統一教会と関係が深いという不確かな情報を基に、憲政史上最長の政権を担った元首相を殺害すれば、メディアが一斉に教団叩きをするだろうという狙いから行われた。
事件後の流れは、犬養毅首相が暗殺された1932年の五・一五事件後、犯人の海軍将校らが新聞や世間の同情論を背景に軽い判決しか受けず、その後の暴力容認の風潮を生んだことを想起させる。それは毎日新聞がニュースレターの中で、安倍氏暗殺事件の企画を告知する際、「事件の社会的意義」などという言葉を使用し、SNSで非難を浴びたことにも表れている。
事件の社会的な悪影響は、23年4月に発生した岸田文雄首相(当時)への手製爆発物襲撃事件という模倣犯も生んでいる。安倍氏暗殺事件の裁判では、山上被告の犯行の本質に目を向けた上で、その背景などを明らかにすべきである。
単独犯説への疑問残る
奈良県警は事件を被告の単独犯として立件、検察もその線に沿って起訴した。しかし、単独犯説にはさまざまな疑問が残されている。安倍氏の救命治療に当たった奈良県立医科大付属病院の福島英賢医師の心臓に大きな損傷があったとする所見と、その後行われた奈良県警の司法解剖の所見が大きく食い違っている。また、致命弾が見つかっていないという情報もある。
これらはいわゆる「陰謀論」ではなく、合理的な疑問だ。裁判では解剖医らへの証人尋問が行われるとみられるが、納得のいく説明が求められる。それが事件の真相を明らかにするための大前提だ。





