1945年のソ連の対日参戦について岩屋毅外相が「日ソ中立条約に明白に違反する」「不当な」参戦であったと批判したところ、ロシアはザハロワ外務省情報局長の声明で「日本政府は誤った解釈を続け、アジアでの旧日本軍の犯罪をごまかそうとしている」などと反論した。だが、条約を破り、終戦後も侵略を続けたソ連の蛮行は外相の発言通り不当に違いない。
日本降伏後に領土奪う
日ソ中立条約は1941年4月に締結された。両国の友好、相互不可侵、一方が第三国に軍事攻撃された場合における中立、期限は5年で両国とも廃棄通告をしない場合の5年自動延長などが定められていた。ソ連は45年4月に廃棄を通告し、46年4月を期限とする同条約は延長されないことになった。
故に、条約の期限が来ていない第2次世界大戦末期の45年8月9日に対日参戦したことは条約違反である。しかもソ連の対日参戦の場合、日本がポツダム宣言を受け入れて連合国に無条件降伏をした同15日の終戦の後も領土拡張の侵略を続けた。この結果、約60万人の日本兵がシベリアに抑留され、北方領土などが不法占拠された。実に遺憾なことだ。
ソ連の参戦から1週間で終戦を迎えたが、無力になった日本に45年9月5日まで21日間にわたって軍を進めた。その全てが条約違反である。――南樺太、千島列島、ロシアが「南クリル諸島」と呼ぶ北方四島までの領土をかすめ取ったのは火事場泥棒にほかならない。
これらの島々の領土は、幕末の下田条約、明治期の樺太千島交換条約、日露戦争とポーツマス講和条約など国際法に則(のっと)った国境の画定により日本領になった。これらを不法占拠したソ連はわが国とのサンフランシスコ講和条約に調印していない。
ただ同条約でわが国は、ウルップ島以北の千島列島は放棄したが、択捉島以南の北方四島は幕末にロシアとの間で定めた国境に基づく固有の領土であるため放棄していない。敗戦後、ソ連と国交を結んだ56年の日ソ共同宣言では平和条約締結時に北方四島のうち歯舞群島、色丹島を引き渡すとしたが、わが国はあくまで4島返還を求めた。
91年12月にソ連から体制移行したロシアは当初、「法と正義による解決」の方針でわが国と合意したが、2000年に大統領に就任したプーチン氏の下で態度は硬化した。特に近年、ウクライナへの軍事侵攻を本格化させるなど、あからさまな国際法違反を平然と行い、力による現状変更を露骨に進めている。ロシアは国際的な制裁を受け、米国や欧州諸国、わが国との関係も悪化している。
プロパガンダに反論を
一方で中国、北朝鮮との関係を深めたことが、ロシア側の反日的声明にも表れている。ソ連崩壊後、ロシアは欧米や日本との関係構築により経済的発展を目指していたが、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に不信感を募らせ、ウクライナを侵略した結果、対露経済制裁を科した国を「非友好国」として敵視している。中朝およびロシアの反日プロパガンダにはしっかり反論を加えていくべきだ。






