
1985年8月に発生し、乗客乗員520人が亡くなった単独機としては世界最悪の航空機事故である日航ジャンボ機墜落事故から12日で40年が経った。
犠牲者の冥福を心から祈りたい。そして、二度とこのような大惨事を起こすことのないよう事故防止の具体的な方策を確立しなければならない。
隔壁の修理で接合誤る
日本航空123便(ボーイング747SR-100)はお盆の帰省客らを乗せ夕刻、東京・羽田空港から大阪に向け出発。離陸から44分後、群馬県多野郡上野村の高天原山山中ヘ墜落した。生存者は4人だけだった。
遺族らは毎年、事故の起きた日と同じ日に現場の御巣鷹の尾根に登り、それぞれの墓標の前で鎮魂の祈りを捧げてきた。また遺族でつくる「8・12連絡会」は結成当初から事故原因の究明に加え、遺族の心のケアなどを国に対して要望してきた。その労は決して小さくなかった。
事故機はその7年前に尻もち事故を起こし、製造元のボーイング社の修理チームは、損傷した機体後部の圧力隔壁の下半分を取り換えるという作業を行っていた。墜落後、当時の運輸省航空事故調査委員会は、その隔壁の損傷が激しかったことなどから、不十分な修理が事故原因と結論付けたが、最近、元調査官の話でその具体的内容が明らかになった。
証言によると、隔壁の上下をプレートで結合する際、指示書とは異なり本来一つであるべきプレートを二つに切断して使用した。一つのプレートを使ってこそ補強の効果があるにもかかわらず、所定の位置に設置するのが難しいという理由で二つに切り分けてつないだという。大きな修理ミスだ。
一つ一つの作業手順はそれほど難しくなかったと思われるが、作業目的が理解されず、我流の仕事に陥ってしまったのか。あるいは作業責任の所在が不明確で、作業結果の評価が十分でなく不完全なものになってしまったか。不完全な修理のまま、墜落事故を起こすまでの7年間、改めて隔壁を補強することはなかった。
航空機を製造する会社はたゆまずその設計、開発に力を投入している。しかしトラブルが発生した場合にも、大事故を回避することができるよう、整備から運航までを見据えた安全管理のネットワークづくりこそ事故減少のポイントだ。
一方、ハイテクを利用した危険の予知、事故防止の技術改良も進んでいるが、それらを管理するのも人間の役目だ。設計者、パイロットだけでなく整備士、乗員、管制官らいわゆるヒューマンファクターの問題だ。普段からボーイング社と運航会社の日航のスタッフらとのコミュニケーションがよくできていなかったことも大事故の原因であり、今も大きな課題だ。
救助システムの強化を
最近では、インド西部や、韓国の国際空港でも大きな航空機事故が起きている。日本でも昨年1月に羽田空港の滑走路上で海上保安庁の航空機と日航の旅客機が衝突、保安官5人が死亡した。大事故になったとしても人命を救えるよう、救助システムの一層の整備も必要だ。






