警視庁は、捜査員が架空の身分証を使って闇バイトに応募する「仮装身分捜査」を実施し、5月に詐欺未遂容疑で特殊詐欺事件の容疑者1人を摘発したと発表した。
仮装身分捜査による容疑者摘発は全国で初めてだ。成功事例を積み上げ、治安の向上につなげてほしい。
架空の人物に成り済ます
摘発されたのは、首都圏で発生した闇バイトによる特殊詐欺事件に関与していた容疑者だ。警視庁は捜査の過程で特殊詐欺グループの標的を把握し、事前の連絡によって被害も未然に防いだという。
仮装身分捜査は架空の人物に成り済ます手法だ。SNSで集められた実行役が、互いの素性を知らずに離合集散を繰り返す「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」による強盗事件などが相次いだことを受け、政府が昨年12月に緊急対策として導入を決定した。
闇バイト対策では、警察官が偽の運転免許証を示して募集に応じる。捜査では、指示役から聞き出した集合場所で、犯罪を起こす前に実行役らの検挙や職務質問などを行う。身分証の偽造は本来、公文書偽造罪などに問われるが、警察庁は刑法の正当業務行為に当たると判断している。坂井学国家公安委員長は今年4月、一部の都道府県警で仮装身分捜査を開始したと公表していた。
今回の捜査について、警視庁は「容疑者グループに捜査の手の内を知られることを避け、捜査員の安全を確保するため」として、摘発の詳しい時期や場所、容疑者の属性、役割、身柄拘束の有無などは明らかにしていない。ただ警察内部では情報を共有し、仮装身分捜査を定着させていく必要がある。
昨年の特殊詐欺とSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額は約2000億円に上り、警察庁の昨年10月のアンケートでは「ここ10年で日本の治安が悪くなったと思う」と回答した人が76・6%に達した。これらの犯罪はトクリュウが関与し、仮装身分捜査の対象でもある。体感治安の改善が急がれる。
一方で警察庁は今年10月、トクリュウへの対策として首謀者らの情報を集約・分析する部署「情報分析室(仮称)」を発足させる。これに合わせ、警視庁では全国340人の捜査員を集める「対策本部」や450人規模の「特別捜査課」を新設する。
警察はこれまで、特殊詐欺を都道府県警が連携して広域捜査する「連合捜査班」の設置などを進めてきた。トクリュウの資金調達につながる犯罪で検挙された人員は昨年1年間で1万人を超える。しかし秘匿性の高い通信アプリなどが壁となり、逮捕した実行役から中枢に迫る「突き上げ捜査」は難航しているのが実情だ。
トクリュウの壊滅図れ
トクリュウの首謀者は暴力団や準暴力団の構成員、そのOBとみられる。警察庁や警視庁の体制強化には、首謀者を検挙し、上位から組織の全容を解明する狙いがある。
警察は仮装身分捜査や新体制によって事件を抑止するとともに、トクリュウの壊滅を図らなければならない。