中国・北京でアステラス製薬社員の50代男性が、当局にスパイ容疑で身柄を拘束されてから2年が経過した。拘束の具体的な理由はいまだに明らかになっていない。
当局は男性を一日も早く解放するとともに、恣意(しい)的な法の運用が外国企業に投資を控えさせている事態を直視すべきだ。
日系企業で不安の声
男性は2023年3月20日に日本に帰任する際、身柄を拘束されたとみられる。24年8月にスパイ罪で起訴されたことが判明し、24年11月下旬に初公判が開かれた。公判は非公開で、どのような行為が問題とされたかなど詳細は不明のままだ。
摘発の根拠となっている反スパイ法を巡っては、14年の制定後少なくとも17人の邦人が違反の疑いで拘束され、男性を含め5人が今も拘束状態にある。23年7月には改正反スパイ法が施行され、従来の「国家機密の提供」に加えて「国家安全や利益に関わる文書、データ、資料、物品」の窃取や買収が新たにスパイ行為と定義された。
しかし「国家安全や利益」に関する具体的な説明はなく、これではスパイ行為の認定は当局の解釈次第ということになる。24年7月には、当局にスマートフォンやパソコンの検査権限を与える新規則も施行された。
中国がスパイの取り締まりを強化する背景には、習近平国家主席が「国家安全」を重視していることがある。習氏は、外国勢力が少数民族や反体制派と連携することを恐れている。西側諸国の民主主義や自由など普遍的価値観が浸透すれば、共産党一党独裁体制が大きく揺らぐことは避けられない。
日系企業の間では「何を理由に摘発されるか分からず常に緊張を強いられている」という声が広がっている。こうした不安は、企業が中国でのビジネス拡大をためらう要因の一つになっている。
当局が男性をどのような理由で拘束、起訴したか十分に説明しないことも大きな問題だ。昨年9月に中国南部・広東省深圳市で邦人男児が殺害された事件でも、邦人を狙った犯行であるのか明らかにされないまま、故意殺人罪で起訴された中国人の男の死刑判決が言い渡された。
三権分立を否定する中国の司法は共産党の管理下にある。動機が明らかになれば日本からの投資が減ることを懸念する当局の意向で事件の全容は解明されなかった。だが、こうした「法の支配」軽視こそが在留邦人の不安を強める元凶だと言える。
日本は警戒を強めよ
中国で活動する欧米企業でも懸念が強まっている。長引く不況の影響もあるとはいえ、昨年の外国企業による中国への直接投資の純増額が前年から9割減少したのは、ビジネス環境の改善が望めないからだろう。
中国は今月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、今年の経済成長率目標を「5%前後」とする一方、国防予算は成長率を上回る前年比7・2%増の1兆7846億元(約36兆円)を計上した。
在留邦人の安全が脅かされる中、中国との間に沖縄県・尖閣諸島問題も抱える日本は警戒を強める必要がある。