中国でスパイ行為を取り締まる「反スパイ法」が施行されて今月で10年となった。
反スパイ法の施行以降、違反容疑などで少なくとも17人の日本人が拘束され、アステラス製薬の男性社員ら5人が現在も拘束されている。昨年7月の改正法施行で摘発対象行為の範囲が拡大したが、運用は極めて恣意(しい)的だと言わざるを得ない。この10年間で統制を強めてきた中国への十分な警戒が求められる。
恣意的で不透明な運用
2014年11月施行の反スパイ法では、海外の機関・組織・個人や、海外機関などと連携した国内の機関などが、中国の国家安全に危害を加える活動をするほか、国家機密や情報を盗み取ったり、買収したりすることなどがスパイ行為と定められた。さらに、改正によって「国家の安全や利益に関わる文書、データ、資料、物品」の提供なども摘発の対象となった。
しかし「国家の安全や利益」の定義は曖昧で、当局の意向次第でスパイ行為と認定される恐れが強い。改正法施行前の昨年3月に拘束されたアステラス製薬の社員も「スパイ活動に従事した反スパイ法違反の疑い」とされているが、具体的な容疑は明らかにされていない。こうした恣意的で不透明な運用は断じて容認できない。日本政府は中国に対し、拘束されている日本人の早期解放を粘り強く要求すべきだ。
共産党による統治体制の強化を図る中国の習近平政権は、あらゆる分野で安全保障を強化する「総体的国家安全観」を表明。15年には国家安全法、今年5月には国家機密の管理を厳格化する改正国家秘密保護法を施行するなど「スパイ防止」をさらに徹底する構えだ。
背景には、習政権が共産党体制に反する価値観が外国から流入することに神経をとがらせていることがある。しかし、こうした政策は中国自体の首を絞めることにもなりかねない。外国人拘束が相次ぐ中、外国では中国への赴任希望者が減っていると言われ、外国企業が中国でのビジネスに二の足を踏む要因ともなっているからだ。
矛先が向けられるのは外国人だけではない。反スパイ法は、中国国内で言論統制の道具の一つにもなっている。スパイ摘発を担当する国家安全省は23年12月に「中国経済が衰退する」といった言論を取り締まりの対象とすることを示唆。このため、国内では低迷する経済状況を客観的に分析する記事が減っているのが実情だ。
自由の価値観浸透させよ
だが政権に都合の悪い言論を抑圧しても、経済状況が好転するわけではない。それどころか反スパイ法に対する外国の警戒を招き、かえって経済が落ち込む恐れもある。23年の海外からの対中直接投資は前年比8割減の330億㌦(約5兆円)と、30年ぶりの低水準となった。
経済停滞に伴う国民の不満をそらすため、習政権が台湾侵攻などの対外強硬策を取る可能性も否定できない。日米両国は東アジア地域における日米安保体制の抑止力を高めるとともに、自由や民主主義などの価値観をいかに中国で浸透させるかにも知恵を絞る必要がある。