衆院選の真っただ中、日本政治の中心地、東京の永田町で自民党本部に火炎瓶を投げ込み、続いて500㍍離れた首相官邸に車を突っ込ませる事件が発生した。政府・与党に対するテロ相当の暴力を強く糾弾する。
臼田敦伸容疑者は、自民党本部前で催涙スプレーの如きを噴射し、警視庁の機動隊員3人の喉(のど)に全治1週間のけがを負わせた。首相官邸前では警察官に発煙筒も複数投げ込み、公務執行妨害容疑で現行犯逮捕された。選挙の立候補に伴う供託金制度に不満を持っていたという。
テロへの非難乏しく
選挙を脅かす行為といえば、今年春の衆院東京15区の補選で、他陣営の演説を妨害したとして立候補者本人を含むつばさの党の幹部3人が公選法違反容疑で逮捕されたことが記憶に新しい。背景には、他の候補を尊重せず、選挙区有権者の負託を受けて代表として働くとの意識も希薄な、嫌がらせ目的の立候補を不本意にも許容している日本社会の現実がある。
選挙は民主主義の根幹と言われるが、それは日本国憲法の前文が「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し……」と始まることに象徴される。
国民の行動原理をこのように規定する精神に則(のっと)り、何より国政選挙での立候補者は、特に健全な倫理観に立脚しなければならない。
一方、石破茂首相は今回の火炎瓶事件を受け、暴力による民主主義破壊の試みを非難する声明を発出した。だが、型にはまったアナウンスの域を出ない、との印象だ。
2023年春には、木村隆二被告が衆院和歌山1区補選で応援に訪れた岸田文雄首相(当時)の近くに爆発物を投げ込んだ。首相にけがはなかったが、威力業務妨害容疑で現行犯逮捕された。後に殺人未遂や公選法違反罪で起訴されたが、本人は黙秘を続け今日なお、公判日程は明らかでない。
さらに22年夏の参院選では、山上徹也被告が奈良選挙区で応援演説中だった安倍晋三元首相の後方から発砲し、元首相は死亡した。被告は殺人罪などで起訴されたが、今日まで数次にわたる公判前手続きが行われたにすぎない。
山上被告の動機として犯行直後、母親の宗教法人世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への信仰に恨みを持ったとの報道を起点に、メディアなどは同法人の高額献金や安倍元首相との関係などについて殊更(ことさら)に社会問題化した。
一方で、山上被告による暗殺という重大なテロ行為への非難は乏しく、法人の問題ばかりが追及された結果、昨年秋には文部科学省から法人の解散命令が東京地裁に請求された。
蛮行招く曖昧な対応
国葬儀で送るほどの安倍元首相を暗殺したテロ行為への対応すら曖昧に、岸田前首相の暗殺未遂、さらに今回の火炎瓶事件と選挙中の蛮行が続く。極めて遺憾だ。
憲法でもその深い意義が明示された国政選挙につき、立候補者の倫理観を追及するとともに、選挙を脅かす犯罪行為には特に厳しく対処すべきだ。