北海道・知床半島沖で2022年4月、26人が乗った観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没した事故で、網走海上保安署は業務上過失致死などの容疑で、運航会社社長の桂田精一容疑者を逮捕した。
事故で多くの死者を出したのは、桂田容疑者に安全意識や責任感が欠落していたことが大きい。被害者の無念を晴らす捜査や公判を望みたい。
ずさんだった安全管理
逮捕容疑は、運航する際、運航管理者として乗員乗客の安全を確保すべき義務があったのに怠り、カズワンを沈没させ、26人を死亡させた疑い。死亡した豊田徳幸船長も、業務上過失致死容疑などで容疑者死亡のまま書類送検した。
事故は知床岬南西の「カシュニの滝」沖で起きた。当日は強風、波浪注意報が出され、運航会社では「波が1㍍以上、風速8㍍以上」の場合は欠航するという運航基準があったにもかかわらず、桂田容疑者は海が荒れれば引き返す「条件付き運航」で出航を決定した。
安全管理を巡っては、ずさん極まりない実態が明らかとなっている。運航会社事務所の無線アンテナが破損し、カズワンと直接交信できる状況ではなかったことが判明。会社は船長の携帯電話を陸上との通信手段として国に申請していたが、事故現場付近は圏外だったとみられ、海保への通報も乗客の携帯電話を借りて行われていた。
海上運送法施行規則は、運航管理者の要件を「実務経験が3年以上」と定めている。しかし運航会社は経験がない桂田容疑者を管理者に選任し、要件を満たしていると国に虚偽申請していた。運航管理者は船舶の航行中、事務所にいて船長と定期的に連絡を取る必要もあったが、桂田容疑者は事故当時事務所を不在にしていた。安全を守る立場でありながら、乗客の命を何だと思っていたのだろうか。
運輸安全委員会は23年9月の最終報告書で、沈没の原因はハッチからの浸水とし、甲板下の浸水拡大を防ぐ隔壁に穴が開いていなければ沈没しなかったと分析。桂田容疑者について、名目だけの責任者で「安全管理体制が存在していなかった」と指摘していた。ただ刑事事件として立件するには、より綿密な立証が求められた。
「船の素人」という桂田容疑者は「運航は船長に任せればよいと思った」などと述べている。乗員乗客全員が死亡したため、捜査が長引いたことは仕方がないとはいえ、被害者の無念を考えればもっと早く逮捕できなかったかとの思いを禁じ得ない。
全事業者は他山の石に
一方、実効性ある再発防止策も欠かせない。国に代わってカズワンの法定検査を行った「日本小型船舶検査機構」(JCI)が、ハッチのふたの不備を発見できなかったことから、ふたの開閉試験や船体の水密性の確認を徹底する。
今年4月には事業許可の更新制を導入。運航管理者などの試験制度も来年度に始まる予定だ。悲惨な事故を起こさないためには、観光船を運航する全ての事業者が知床の事故を他山の石とし、安全最優先の原点に立ち返る必要がある。